ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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稲葉 三右衛門
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稲葉 三右衛門 像
(三重県 四日市市 JR四日市駅前)

稲葉 三右衛門(いなば さんえもん)
(1837年-1914年)
明治時代の廻船問屋、豪商

撮影日:2007年7月24日
分 類:商人、事業家
評 価:☆☆☆

稲葉 三右衛門
稲葉 三右衛門
「ホームタウン・ホームページ」から

天保8年9月21日生まれ。
伊勢(三重県)四日市で廻船問屋をいとなむ。
明治6年四日市港の修築に着手。
工事は困難をきわめしばしば中断したが,私財を投じて17年に完成(現在旧港とよばれる)。
四日市市の繁栄の基礎をきずいた。
大正3年6月22日死去。78歳。
美濃(岐阜県)出身。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[銅 像]
◎初代稲葉翁銅像(尾上町昌栄橋畔)
初代銅像は昭和2年の市制30周年記念事業として稲葉三右衛門翁の遺徳を讃え、有志の寄付金と市補助金により昭和3年8月に完成した。
この銅像は納屋運河を背景に港を臨んで建っていたが、太平洋戦争で供出された。
◎2代稲葉翁銅像(現在の銅像)
昭和30年、地元住民(現連合自治会)が稲葉三右衛門翁の銅像再建を決議し、当時の市長、市議会議長、商工会議所会頭等9名が発起人となって「稲葉三右衛門翁銅像建立趣意書」を作成し、市民、企業に寄付を呼びかけた。
その寄付金により現在の地(JR四日市駅前)に建立された。
「四日市市ホームページ」から抜粋

[感  想]
JR四日市駅前の木々の多い広場に立っておられます。
羽織袴姿は堂々としています。
私財を投げ打って、港の整備に尽力したとは素晴らしい人だと思います。

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長岡 外史
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長岡 外史 像
(山口県 下松市 笠戸島 外史公園)

長岡 外史(ながおか がいし)
(1858年-1933年)
明治-昭和時代前期の軍人,政治家

撮影日:2007年7月13日
分 類:軍人、政治家
評 価:☆☆☆

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長岡 外史
写真提供:長岡外史顕彰会

安政5年1月13日生まれ。
日露戦争で大本営参謀次長などをつとめ,明治42年陸軍中将。
軍務局長や第十三・第十六師団長を歴任する。
大正13年衆議院議員。
新潟県高田の第十三師団長在任当時の明治44年,将校たちにオーストリアの軍人レルヒから1本杖スキーをまなばせ,スキー技術を日本にはじめて紹介。
昭和8年4月21日死去。76歳。
長門(山口県)出身。陸軍大学校卒。
本姓は堀。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

新し物好きであり、新潟県高田(現在の上越市)の第13師団長時代、視察に訪れていたオーストリアの軍人レルヒ少佐が伝えたスキーを軍隊にはじめて導入した(これが日本スキー発祥と言われている)。
また変わった所もあったようで「プロペラ髭」と呼ばれる長大な髭を蓄え、それを自慢したとされる。自慢の髭は最長で70cm弱にも達したという。
山口県下松市笠戸島の国民宿舎大城に外史を顕彰する外史公園があり、外史の銅像が建てられている。下松市内には「長岡外史顕彰会」があり、顕彰活動に取り組んでいる。

パリから飛行家ビュルタンとメンジュ表敬訪問
昭和6年3月21日、パリから飛行家ビュルタンとメンジュ表敬訪問
「明治偉人伝 長岡外史 ホームページ」から

[感 想]
大雨の中、公園まで階段を一所懸命上って行きましたが、行ったかいのあるインパクトのある像でした。
石像ですが、特徴は、何と言っても、プロペラ髭です!
何かつけていたのだろうか?
どうやって、寝ていたのだろうか?
と思ってしまいます。

橋本 正之
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橋本 正之 像
(山口県 下松市 笠戸島)

橋本 正之(はしもと まさゆき)
(1912年-1976年)
元山口県知事、元衆議院議員

撮影日:2007年7月13日
分 類:政治家
評 価:☆☆☆

戦前は朝鮮総督府に勤務。
朝鮮総督府では特高警察で金日成ら左翼革命家の追跡を担当していたという。
戦後は山口県庁に入り、副知事を務めた。
衆議院議員(自民党)を1期、1960年から山口県知事(自民党)を4期務めた。
知事在任中は道路整備や離島の架橋に力を入れ「道の知事」「橋の知事」と言われ、現在も道路整備の行き届いている山口県の基礎をつくり上げた。
ちなみに、山口県で県道と県管理国道のガードレールが黄色(夏みかん色)であるのは、橋本の知事在任中に始められたことである。
特技は県議会で発する野次であった。
知事退任後は国政復帰を目指していたが、1976年病死した。
宿泊施設の笠戸島ハイツの中庭には橋本の胸像が建てられている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感 想]
宿泊施設の笠戸島ハイツの中庭におられます。
背広にネクタイ眼鏡をかけた姿は、真面目な感じがします。
山口県のオレンジガードレールは、他県の人は皆驚かれますが、僕は、子供の頃は、オレンジの方が標準だと思っていました。





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