ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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銅像お気に入りベスト10(2008/4/29現在)
銅像お気に入りベスト10
(2008年4月29日現在)

銅像名をクイックすると詳細を見ることができます。


☆☆☆☆☆
1 高杉 晋作 4

2 楠木 正成

3 加藤 清正

☆☆☆☆
4 西郷 隆盛 2

5 小松宮彰仁親王

6 北白川宮能久親王

7 大村 益次郎

8 若き薩摩の群像

9 岡倉 天心

10 ジョサイア・コンドル 
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北里 柴三郎
DSCN6886.jpg

DSCN6885.jpg
北里 柴三郎 像
(東京都 新宿区 慶應義塾大学医学メディアセンター)

北里 柴三郎(きたざと しばさぶろう)
(1853年‐1931年)
明治・昭和時代前期の細菌学者

撮影日:2008年4月24日
分 類:文化人
評 価:☆☆☆

北里柴三郎
「近代日本人の肖像ホームページ」から

明治18年ドイツに留学、コッホに師事。
22年破傷風菌の純粋培養に成功し、翌年破傷風の血清療法を開発する。
27年香港でペスト菌を発見。
その間の25年私立の伝染病研究所を設立。
同研究所の東京帝大移管に反対して辞職し、大正3年北里研究所を創設した。
慶大医学部初代学部長、日本医師会初代会長。
昭和6年6月13日死去。80歳。
肥後(熊本県)出身。東京大学卒。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[エピソード]
◎「日本の細菌学の父」として知られ、門下生からはドンネル先生(ドイツ語で「雷おやじ」(der Donner)の意)との愛称で畏れられ、かつ親しまれていた。
◎日本を代表する医学者として野口英世と並び、当時は世界的に有名とまではいかなくとも、著名であった人物である。
また野口は北里研究所に研究員として勤務しており、柴三郎とは形式上師弟関係である。 
◎テルモの筆頭設立発起人でもあり、CMに度々登場していたこともある。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
慶應義塾大学医学メディアセンターの1階の階段室前におられます。
「雷おやじ」の愛称の通り、雷が落ちてきそうな怖い顔で、小林亜星に似ている感じがします。

杉山 岩三郎
IMG_0279.jpg

IMG_0280.jpg
杉山 岩三郎 像
(岡山県 岡山市 幸町)

杉山 岩三郎(すぎやま いわさぶろう)
(1841年~1913年)
明治期の実業家。
岡山県の実業界を指導し〈岡山西郷〉といわれた。

撮影日:2008年4月6日
分 類:実業家
評 価:☆☆

岡山藩士中川亀之進の次男に生まれ、杉山家を嗣いだ。
1867年岡山藩精鋭隊の藩士として上洛、翌年正月備中松山征討に従軍、ついで岡山藩監軍として奥羽函館戦争に参戦した。
廃藩置県後、岡山県典事を経て島根県権参事となったが
1872年辞職して帰郷後、
1883年に欧米を視察して帰り、翌年第二十二国立銀行取締役、
1895年には中国鉄道株式会社専務取締役兼社長となった。
また、岡山藩士族授産のため、微力社を設立して児島湾の干拓を手がけた。
「おかやま人物往来」から

[感  想]
岡山市内を散策していて偶然見つけました。
最近は下調べして行くので、情報無しで見つけた銅像は、うれしいです。
頭と髭が特徴的な銅像です。





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