ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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フランシスコ・ザビエル 8
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フランシスコ・ザビエル 像 8
(山口県 山口市 亀山町 サビエル記念聖堂前)

撮影日:2014年10月25日
建設年:平成10年
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

山口サビエル記念聖堂
サビエル記念聖堂は、昭和27年にサビエルが山口を訪れてから400年を記念して建てられました。内部にはサビエルの一生を描いた美しいステンドグラスがあり、聖堂からは15分おきに時を告げる美しい鐘音が市街に響いていましたが、残念ながら平成3年9月5日に焼失してしまいました。

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※焼失前の山口サビエル記念聖堂

その後、再建に向けて募金活動なども行われ、焼失から6年と7か月経った平成10年4月29日、白亜に輝く待望の新しい記念聖堂が完成しました。
新しい記念聖堂は、高さ53メートル(十字架と鐘を含めて)の2本の塔と屋根が建物全体を覆う三角錐となった斬新なデザインです。
「西の京 やまぐちホームページ」から
DSCN0501.jpg

[感  想]
新しい山口サビエル記念聖堂の玄関前におられます。
右手に司教杖を持ち、左手で十字架を掲げている立ち姿で、
白い大理石でできており、後ろの聖堂とマッチしています。

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フランシスコ・ザビエル 7
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フランシスコ・ザビエル 像 7
(鹿児島県 鹿児島市 東千石町 ザビエル公園)

撮影日:2012年11月18日
建設年:平成11年
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

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[感  想]
ザビエル、ヤジロウ、ベルナルドの群像です。
ザビエル来航450周年を記念して、1999年ザビエル公園内に設置されたもの。
ヤジロウ、ベルナルドの後ろで、左手を横に掲げておられます。
ザビエルの顔は、他の像と比べるとちょっと違った印象です。

フランシスコ・ザビエル 6
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フランシスコ・ザビエル 像 6
(鹿児島県 鹿児島市 東千石町 ザビエル公園)

撮影日:2012年11月18日
建設年:昭和24年
分 類:外国人
作 者:柳田 昇
評 価:☆☆☆

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◎ザビエル来鹿記念碑
元は記念教会だったが太平洋戦争中に空襲で焼失。
1949年、ザビエル来航400年を記念して教会の廃材を使用し設置。
奥にはザビエルの胸像がある。
鹿児島カテドラル・ザビエル教会向かいの「ザビエル公園」内。

[感  想]
記念碑の壁中央の開口部の後ろにおられます。
横を向いた上半身の像です。

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向かいの教会をじっと見つめておられます。

フランシスコ・ザビエル 5
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フランシスコ・ザビエル 像 5
(鹿児島県 鹿児島市 照国町)

撮影日:2012年11月18日
建設年:昭和24年(平成19年設置)
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

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[感  想]
鹿児島カテドラル・ザビエル教会の前におられます。
大理石で出来た、イタリア製の真っ白な像です。
左手を上げ右手に十字架を握り、天を見上げておられます。
細かい服のシワまで表現された像です。

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フランシスコ・ザビエル 4
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フランシスコ・ザビエル 像 4
(鹿児島県 日置市 大田 城山公園)

撮影日:2012年11月18日
建設年:平成11年
分 類:外国人
作 者:竹 道久
評 価:☆☆

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1549年9月、伊集院城(一宇治城/現鹿児島県日置市伊集院町大田)で薩摩の守護大名・島津貴久に謁見、宣教の許可を得た。
ザビエルは薩摩での布教中、福昌寺の住職で友人の忍室と好んで宗教論争を行ったとされる。
後に日本人初のヨ-ロッパ留学生となる鹿児島のベルナルドなどにもこの時に出会う。
しかし、貴久が仏僧の助言を聞き入れ禁教に傾いたため、「京にのぼる」ことを理由に薩摩を去った(仏僧とザビエル一行の対立を気遣った貴久のはからいとの説もある)。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
日置市のちょっと小高い山の上の城山公園におられます。
左手に十字架を持った、ちょっと丸っこい感じの石像です。

フランシスコ・ザビエル 3
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フランシスコ・ザビエル 像 3
(鹿児島県 鹿児島市 祇園之洲町 ザビエル上陸記念碑)

撮影日:2012年11月18日
建設年:昭和53年
分 類:外国人
作 者:ルイ・フランセン(Louis Fransen)
評 価:☆☆☆

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◎ザビエル上陸記念碑
ザビエル一行が薩摩国祇園之洲あたりに上陸したことを記念して、鹿児島市祇園之洲公園に1978年に設置。
かつてこの公園(新祇園之洲)は浅瀬の干潟で1970年代の埋め立てによって作られた土地。
実際の上陸地は旧祇園之洲よりもさらに内陸の、稲荷川河口付近であったと考えられる。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋
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[感  想]
ザビエル一行が、初めて日本に上陸した場所におられます。
記念碑の壁画の横の柱に設置されており、宙に浮かんでいる珍しい像です。
手を広げ、天を見上げておられます。

フランシスコ・ザビエル 2
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フランシスコ・ザビエル 像 2
(大分県 大分市 大手町 遊歩公園)

撮影日:2008年2月3日
分 類:宣教師
作 者:佐藤  忠良
評 価:☆☆☆

1551年に府内を訪れてキリスト教の布教を行ったフランシスコ・ザビエルの彫像。
彫刻家佐藤忠良の1969年の作品。
日本までの航路を示した世界地図を背景に、左手に十字架を持ち、右手を掲げたザビエルが描写されている。
公園北端の交差点の南西側角地にある。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
後ろの壁に世界地図が描かれており、航海の道のりが記されています。
その前に立つ、像は堂々としています。
山口の像とは、かなり顔が違った感じです。

フランシスコ・ザビエル 1
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フランシスコ・ザビエル 像 1
(山口県 山口市 亀山町 山口サビエル記念聖堂)

撮影日:2014年10月25日
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

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フランシスコ・ザビエル肖像
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)
(1506年-1552年)
スペインの宣教師

1506年4月7日生まれ。
ナバラ王国の貴族の子。
1534年イグナチウス=デ=ロヨラらとともにイエズス会をおこす。
インド,モルッカ諸島で布教。
マラッカであった日本人アンジロ-の案内で,天文18年(1549)鹿児島に上陸,日本にはじめてキリスト教をつたえた。
平戸,山口,豊後などで2年あまり伝道。
インドにもどり,さらに中国をめざすが1552年12月3日広東港外で病死。46歳。
パリ大卒。
シャビエルともよむ。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

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「山口での宣教」
ザビエルは、平戸に置き残していた献上の品々を携え、三度山口に入った。
1551年4月下旬、大内義隆に再謁見。
それまでの経験から、貴人との会見時には外観が重視されることを知っていたザビエルは、一行を美服で装い、珍しい文物を義隆に献上した。
献上品は、天皇に捧呈しようと用意していたインド総督とゴア司教の親書の他、望遠鏡、洋琴、置時計、ギヤマンの水差し、鏡、眼鏡、書籍、絵画、小銃などがあったとされる。
これらの品々に喜んだ義隆はザビエルに宣教を許可し、信仰の自由を認めた。
また、当時すでに廃寺となっていた大道寺をザビエル一行の住居兼教会として与えた(日本最初の常設の教会堂)。
ザビエルはこの大道寺で一日に二度の説教を行い、約2カ月間の宣教で獲得した信徒数は約500人にものぼった。
また、山口での宣教中、ザビエルたちの話を座り込んで熱心に聴く盲目の琵琶法師がいた。
彼はキリスト教の教えに感動してザビエルに従い、後にイエズス会の強力な宣教師となるロレンソ了斎となった。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
銅像の説明文によると
ザビエルは、毎日2回大殿小路という通りに出かけ、そこにあった井戸端で集まって来る人々に向かい布教したそうです。
その時の様子の銅像です。
教科書によく出てくるザビエルの肖像とは、感じが全然違います。
どっちが本物に近いのだろうかと思いました。






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