ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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中野 正剛
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中野 正剛 像
(福岡県 福岡市中央区 鳥飼八幡宮)

中野 正剛(なかの せいごう)
(1886年-1943年)
大正-昭和時代前期の政治家

撮影日:2007年12月5日
建設年:昭和59年
分 類:政治家
作 者:木戸 龍一
評 価:☆☆☆

中野正剛
「近代日本人の肖像ホームページ」から

明治19年2月12日生まれ。
「東京朝日新聞」記者をへて東方時論社主筆となり,のち社長。
大正9年衆議院議員(当選8回)。
昭和11年東方会を結成,南進論を提唱。
18年東条内閣打倒を画策して逮捕され,釈放後の同年10月27日自殺。58歳。
福岡県出身。早大卒。
号は耕堂。
著作に「明治民権史論」「国家改造計画綱領」など。
【格言など】東方九拝,平静にして余裕綽々(しゃくしゃく),自笑(遺書)
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

中野正剛
中野正剛の肖像写真
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

[エピソード]
◎中学修猷館時代に、玄洋社の初代社長平岡浩太郎に援助を頼んで仲間と柔道道場を設立するほど柔道を愛好しており、足が不自由ながらその技量も高く、早稲田大学在学中には、史上最強の柔道家といわれ黒澤明の監督作品『姿三四郎』のモデルの一人とされている講道館の徳三宝と試合をして勝ったほどである。
なお、中野が設立したこの柔道道場「振武館」は現在でも運営されており、大相撲九州場所の際は、毎年九重部屋の宿舎となっている。

[感  想]
拳を握りしめた立ち姿は、凛々しく、力が入った感じが伝わってきます。
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