ken's銅像探索日誌
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北里 柴三郎
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北里 柴三郎 像
(東京都 新宿区 慶應義塾大学医学メディアセンター)

北里 柴三郎(きたざと しばさぶろう)
(1853年‐1931年)
明治・昭和時代前期の細菌学者

撮影日:2008年4月24日
分 類:文化人
評 価:☆☆☆

北里柴三郎
「近代日本人の肖像ホームページ」から

明治18年ドイツに留学、コッホに師事。
22年破傷風菌の純粋培養に成功し、翌年破傷風の血清療法を開発する。
27年香港でペスト菌を発見。
その間の25年私立の伝染病研究所を設立。
同研究所の東京帝大移管に反対して辞職し、大正3年北里研究所を創設した。
慶大医学部初代学部長、日本医師会初代会長。
昭和6年6月13日死去。80歳。
肥後(熊本県)出身。東京大学卒。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[エピソード]
◎「日本の細菌学の父」として知られ、門下生からはドンネル先生(ドイツ語で「雷おやじ」(der Donner)の意)との愛称で畏れられ、かつ親しまれていた。
◎日本を代表する医学者として野口英世と並び、当時は世界的に有名とまではいかなくとも、著名であった人物である。
また野口は北里研究所に研究員として勤務しており、柴三郎とは形式上師弟関係である。 
◎テルモの筆頭設立発起人でもあり、CMに度々登場していたこともある。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
慶應義塾大学医学メディアセンターの1階の階段室前におられます。
「雷おやじ」の愛称の通り、雷が落ちてきそうな怖い顔で、小林亜星に似ている感じがします。
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