ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

中井 弘
DSCN3068.jpg

DSCN3069.jpg
中井 弘 像
(京都府 京都市 東山区 円山公園)

中井 弘(なかい ひろし)
(1838年- 1894年)
幕末-明治時代の武士,政治家

撮影日:2008年6月14日
建設年:昭和42年
分 類:幕末志士、政治家
評 価:☆☆☆

中井弘
数多くの奇行談を残した中井弘
南日本新聞ホームページから

天保(てんぽう)9年11月生まれ。
薩摩鹿児島藩士。
安政年間脱藩して土佐高知にゆく。
後藤象二郎の援助で慶応2年渡英。
維新後外国官判事,駐イギリス公使館一等書記生などをつとめ,のち滋賀県・京都府知事となる。
元老院議官,貴族院議員。
明治27年10月10日死去。57歳。
幼名は休之進。号は桜洲山人。別名に弘三。
著作に「漫遊記程」など。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[エピソード]
◎英国公使パークス襲撃事件では、パークス公使一行の護衛として襲撃犯の一人朱雀操を自身も頭部に傷つきながらもひるまず斬り殺し、パークスらを救った功績により後藤象二郎とともに英国ビクトリア女王から宝刀を贈られた。
◎井上馨の妻の武子は、中井の妻であったが、ゆえあって離別し、大隈重信にあずけられた。まもなく井上が武子をみそめ、大隈、伊藤博文らの世話で結婚することになった。
式の当夜に中井が大隈邸に顔を出したため、関係者がおおいにあわてたという。
◎奇行も多く、岩倉具視と大久保利通が囲碁をやっていた際、碁盤を転覆させたり、樺山資紀を公衆の面前で大声で叱責したりした。
また、宴席にて明治天皇の御前で文部官僚の西村茂樹をビール瓶で殴打した事もあった。
◎鹿鳴館の名付け親でもある。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋


中井の数々の奇行談のなかで、抱腹絶倒したのは大久保利通との逸話(浜谷由太郎「桜洲山人の追憶」)。
精養軒が東京・築地にあったころというから、明治9年前後、中井が工部省の役人だったころだろうか。
精養軒で政治家や官僚たちの午餐会が開かれることになった。中井が同輩たちに呼びかけた。
「諸君は大久保卿を非常に偉い人物だと思っているようだが、我が輩からみれば、大久保のごときは我が輩の馭者のようなものだ。
どうだ、ひとつ論より証拠、大久保に馭者をさせて我が輩が今日の会場に連れてこよう」
大久保はときの内務卿。押しも押されもせぬ明治政府の大黒柱である。同輩たちはまた中井がホラを吹いたと相手にしなかったが、中井が「諸君がそんなに疑うなら、賭けをしようではないか」と呼びかけたため、たちまち賭けが成立。
30人が一人5円ずつ、150円集まった。中井が大久保を迎えに行く。
「閣下、今日は私が英国仕込みの馭者ぶりをおめにかけましょう」
大久保は一度は断ったが、中井の熱心さに負けて馬車に乗り込んだ。
中井は馭者台に立ち、馬に鞭(むち)をくれて馬車を駆った。
ところが、精養軒の手前まで来ると、中井は急に馬車を止めて、苦しそうに呻(うめ)いた。
「痛た、痛た……」
中井が腹を押さえて苦しがっているのを見た大久保は驚き、「もうすぐだから、しっかりせよ」と声をかけたが、中井の苦しみは募るばかり。
「よし、中井。無理をするな。こちらへ乗れ、もうすぐだから、俺が馭してやるから」
見るに見かねた大久保の申し出に、中井は内心してやったりと後ろの座席に移った。
大久保がにわかの馭者となって精養軒に駆けつけた。
その2階から同輩たちが中井と大久保の来着を今か今かと待ち受けていたが、なんと、大久保が馭者台におり、中井は後ろの座席で悠然と葉巻を吹かしているではないか。
あっけにとられる同輩たちに中井は「さあ、5円、5円」と賭け金をすべてせしめてしまった。
中井の痛快ぶりはかくのごとしだった。
(歴史作家・桐野作人)
南日本新聞「さつま人国誌」09/12/21 掲載から抜粋

[感 想]
円山公園で偶然発見。
優しそうな顔の上半身の像です。
中井 弘という人物も知りませんでしたが、調べてみると銅像のイメージとは違い、なかなか豪快な人みたいです。
スポンサーサイト


コメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
[2011/01/23 17:59] | # [ 編集 ]

Re: 京都第5代知事!でした。
最近全くブログの更新をしておらず。コメント返信が遅くなってすいませんでした。
銅像になっている人物は、やはりその土地でみなさんに敬われているから、銅像になるのだと思います。
そういった方を曽祖父に持たれておりうらやましい限りです。
コメントありがとうございました。

> 今晩ゎ 初めまして 私の曽祖父です。取り上げて頂き
> 大変有難う御座います。また宜しく御願い致します。
[2011/07/18 20:52] URL | kendouzou #- [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/133-fa618fca
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。