ken's銅像探索日誌
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細井 順子
DSCN8016.jpg

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細井 順子 像
(福井市 大手 繊協ビル1F)

細井 順子(ほそい じゅんこ)
(1842年-1918年)
明治時代の製織技術者

撮影日:2008年9月2日
分 類:製織技術者
評 価:☆☆

細井 順子
細井 順子
「実は福井の技ホームページ」から

天保13年7月3日生まれ。
明治9年敦賀県(福井県)から京都府織工場へ派遣され、最新鋭のバッタン機の操作をまなぶ。
10年創立された福井織工に教師としてまねかれ、同機による羽二重製織を指導し、福井県の絹製品の品質向上につくした。
大正7年9月26日死去。77歳。越前(福井県)出身。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「順子の努力と忍耐強さが羽二重王国の礎を築いた。」
織り姫・細井順子は足羽郡六條村(現福井市)に生まれ、呉服町通 りの細井万次郎と結婚していた。
そんな順子が、機織り技術と聡明さを見込まれて福井県初のバッタン機の伝習生に選ばれて京都府織工場へ派遣されたのは明治9年(1876)のことであった。
従来の大和機の4倍もの能力を持つバッタン機の操作は困難を究めたが、一年足らずで体得する。
その後、福井織工会社の教師として迎えられた順子は創意工夫をしながらこれを女子工員全てに伝授し、ついには福井県を日本一の羽二重王国へと導いた。
女性の地位 が低かった当時、しかも彼女の存命中に記念碑が建てられたことが功績の偉大さを物語っている。
「ふくいドットコム 人物列伝ホームページから」

[感 想]
福井市内の繊協ビルのエントランスにおられます。
ちょっと顔がこわい感じがします。
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