ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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フランシスコ・ザビエル 1
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DSCN0494.jpg
フランシスコ・ザビエル 像 1
(山口県 山口市 亀山町 山口サビエル記念聖堂)

撮影日:2014年10月25日
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

300px-Franciscus_de_Xabier.jpg
フランシスコ・ザビエル肖像
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier)
(1506年-1552年)
スペインの宣教師

1506年4月7日生まれ。
ナバラ王国の貴族の子。
1534年イグナチウス=デ=ロヨラらとともにイエズス会をおこす。
インド,モルッカ諸島で布教。
マラッカであった日本人アンジロ-の案内で,天文18年(1549)鹿児島に上陸,日本にはじめてキリスト教をつたえた。
平戸,山口,豊後などで2年あまり伝道。
インドにもどり,さらに中国をめざすが1552年12月3日広東港外で病死。46歳。
パリ大卒。
シャビエルともよむ。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

DSCN0496.jpg
「山口での宣教」
ザビエルは、平戸に置き残していた献上の品々を携え、三度山口に入った。
1551年4月下旬、大内義隆に再謁見。
それまでの経験から、貴人との会見時には外観が重視されることを知っていたザビエルは、一行を美服で装い、珍しい文物を義隆に献上した。
献上品は、天皇に捧呈しようと用意していたインド総督とゴア司教の親書の他、望遠鏡、洋琴、置時計、ギヤマンの水差し、鏡、眼鏡、書籍、絵画、小銃などがあったとされる。
これらの品々に喜んだ義隆はザビエルに宣教を許可し、信仰の自由を認めた。
また、当時すでに廃寺となっていた大道寺をザビエル一行の住居兼教会として与えた(日本最初の常設の教会堂)。
ザビエルはこの大道寺で一日に二度の説教を行い、約2カ月間の宣教で獲得した信徒数は約500人にものぼった。
また、山口での宣教中、ザビエルたちの話を座り込んで熱心に聴く盲目の琵琶法師がいた。
彼はキリスト教の教えに感動してザビエルに従い、後にイエズス会の強力な宣教師となるロレンソ了斎となった。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
銅像の説明文によると
ザビエルは、毎日2回大殿小路という通りに出かけ、そこにあった井戸端で集まって来る人々に向かい布教したそうです。
その時の様子の銅像です。
教科書によく出てくるザビエルの肖像とは、感じが全然違います。
どっちが本物に近いのだろうかと思いました。

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