ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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福沢 諭吉 2
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福沢 諭吉 像 2
(東京都 港区 應義塾大学三田キャンパス)

撮影日:2010年3月15日
建設年:昭和29年
分 類:思想家
作 者:柴田佳石
評 価:☆☆☆

[銅 像]
大学三田キャンパス図書館旧館前~胸像(ブロンズ像)~
昭和二十九(一九五四)年、福澤先生銅像建設会の寄贈で、柴田佳石制作の胸像。
先生歿後五十年を経て、先生の面影を知る者が少なくなったことから、当時先生像のなかった三田山上に据えようとした運動がきっかけとなった。
除幕式は先生の一二〇回目の誕生日である一月十日に挙行された。
柴田は本名福四郎、明治三十三年に東京で生まれ、普通部出身、「長崎平和祈念像」の作者として知られる北村西望に彫塑を学び、昭和二十六年、日本陶彫会の発足時の会員になる。
日展に委嘱出品を続け、後に「珂石」あるいは「珂赤」と称し、同四十三年、六十七歳で歿した。
当初、三田第一研究室前庭に、谷口吉郎の選定で設置されたが、昭和四十二年、研究室棟建て替えのため撤去された後、学生運動の混乱期も含めて長らく義塾の倉庫に納められていた。
昭和五十八年九月二十九日、福澤研究センター設立を機に、図書館旧館正面玄関左側に移設され現在に至っている。
胸像背面銘文に「独立自尊一九五三佳石謹作」とある。
この胸像と同じ塑像による胸像がいくつかあり、その第一作が天本淑朗ら数名の交詢社社員から交詢社に寄贈されたものである。
天本は、当時横浜護謨(ごむ)製造会社の社長で、柴田とは普通部以来の友人であった。
銅像除幕式は昭和二十八年五月二十二日、交詢社において行われた。
作成に当たって、先生の肖像写真を参考に、福澤先生の四女志立タキや四男大四郎、『時事新報』の風刺漫画で活躍した北澤楽天らの助言を受けて、一年有余の時を費やして作られたといわれている。
柴田は、先生の娘婿の福澤桃介などの義塾関係者の胸像や、岐阜公園内にある「板垣退助像」も制作している。
また、余り知られていないが、かつて小田原駅改札脇に設置され、現在同駅東口にある小便小僧のブロンズ像も彼の作品で、有名な浜松町駅ホームのそれより二年前の昭和二十五年の作である。
「慶応義塾大学出版会ホームページ」から

[感  想]
創立大学の應義塾大学三田キャンパスにおられます。
1の應義塾大学病院にあるものと同じ型ではないかと思われます。
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