ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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玄丹 かよ
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玄丹お加代 像 
島根県松江市灘町 白潟公園(宍道湖畔)

玄丹 かよ(げんたん かよ)
(1842年-1918年)
芸者

撮影日:2010年8月10日
分 類:その他
評 価:☆☆☆

天保13年10月生まれ。
慶応4年山陰道鎮撫使西園寺公望一行が松江藩問責のため進駐した際,一行の無理難題と乱暴狼藉を,侠気と機転により懐柔したとされる。
永井瓢斎「鎮撫使さんとお加代」により小説化された。
大正7年8月7日死去。77歳。出雲(島根県)出身。
本名は錦織加代。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

大政奉還の翌年慶応4年(1868年)官軍は、西園寺公望を総督とする山陰道鎮撫使を派遣した。
一行の目的は佐幕的態度のあった松江藩を糾弾するものであったので、松江に入った彼らは無理難題を吹きかけ、傍若無人の振舞をした。
これに対し松江藩はひたすら恭順の姿勢をとり、家老大橋茂右衛門の切腹をもって事態の解決を図ろうとした。
お加代は鎮撫使一行約2000人のあらくれどもを慰安する酌婦の一人となった。
宴席に出たお加代は、副使の川路利恭が座興で刀にかまぼこを刺して突き出したのを、平然と口で受け取り、酒も所望したという。
かくして川路に取り入って、家老大橋の危急を救ったと言われる。(松江観光事典より) 

[感  想]
かくしゃくとした感じで、前をしっかり見つめる像です。
台座には、宴席の様子をあらわしたレリーフがはめ込まれています。
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