ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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山内 容堂
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山内 容堂 像
(高知県 高知市 鷹匠町 山内神社)

山内 容堂(やまうち ようどう)
(1827年-1872年)
幕末の大名

撮影日:2010年9月19日
建設年:平成14年
分 類:大名
評 価:☆☆☆

山内容堂
「近代日本人の肖像ホームページ」から

文政10年10月9日生まれ。
山内豊著の長男。
山内豊惇の養子となり,嘉永元年土佐高知藩主山内家15代。
将軍継嗣問題に関与し安政の大獄で隠居謹慎となる。
文久2年ゆるされて公武合体に尽力,3年土佐勤王党を弾圧し武市瑞山らを処断。
慶応3年大政奉還を建白,王政復古で議定(ぎじょう)となり幕府勢力の温存をはかるが失敗。
酒をこのみ,鯨海酔侯と自称した。
明治5年6月21日死去。46歳。号は容堂。
【格言など】歳酔三百六十回 鯨海酔侯(脱藩者の坂本竜馬を赦免したときの絵にそえた署名)
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

酒と女と詩を愛し、自らを「鯨海酔侯(げいかいすいこう)」と称した。
藩政改革を断行し、幕末の四賢侯の一人として評価される一方で、当時の志士達からは、幕末の時流に上手く乗ろうとした態度を、「酔えば勤皇、覚めれば佐幕」と揶揄された。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
大河ドラマ「龍馬伝」の近藤正臣の印象が強い容堂公です。
右手に杯を持つ像は、「鯨海酔侯」と自ら称した姿をよくあらわしています。
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