ken's銅像探索日誌
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源 義家
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源 義家 像
(東京都 府中市 本町 馬場門欅並木)

源 義家(みなもとの よしいえ)
(1039年-1106年)
平安時代中期-後期の武人。

撮影日:2010年12月11日
建設年:平成4年
分 類:武将
作 者:喜多 敏勝
評 価:☆☆☆☆

源 義家
源義家(『前賢故実』より。菊池容斎画
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

長暦3年生まれ。
源頼義の長男。
前九年の役で父とともに活躍。
のち陸奥守兼鎮守府将軍となり,後三年の役で清原氏の内紛を鎮圧,東国に源氏の基盤をきずいた。
天下第一の武勇の士とされ,衣川の合戦での歌のやりとり,雁の列の乱れに伏兵をみやぶるなど伝説がおおい。
嘉承元年7月4日死去。68歳。通称は八幡太郎。
【格言など】吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな(「千載和歌集」)
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「雁行の乱れ」
後三年の役で源義家軍が家衡・武衡軍の籠もる金沢柵へ行軍中、西沼(横手市金沢中野)の付近を通りかかった。
義家が馬を止め上空を見ると、通常は整然と列をなして飛ぶ雁が乱れ飛んでいた。
それを見た義家はかつて大江匡房から教わった孫子の兵法を思い出し、清原軍の伏兵ありと察知し、これを殲滅した。
義家は「江師(匡房の号名)の一言なからましかばあぶなからまし」と語ったという。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

「源義家公とけやき並木」
国の天然記念物「馬場大門けやき並木」は、九百四十有余年前、源頼義公・義家公父子が奥州平定の「前九年の役」の途次、大國魂神社に戦勝を祈願し、同役平定後の康平5年(1062年)勝利の報賽として、神社にけやきの苗木千本を寄進したことにはじまる。
義家公は、清和源氏に発する河内源氏の嫡流として、7歳の時、岩清水八幡宮で元服、よって八幡太郎と号したが、前九年の役・後三年の役で卓抜した武勇をあらわした公の代に、源氏の武威の最盛期を迎えた。
このような大国、武蔵の国の国府であった府中、大國魂神社、けやき並木と源義家公の史実を後世に伝えるため、当時の若さあふれる公の像をこの地に建立するものである。
この「八幡太郎源義家公之像」が府中の歴史を伝え、永く市民各位の心に生き続けることを願いたい。
「説明板より抜粋」

[感  想]
鎧を身に着け、堂々と立つ若武者の姿はすがすがしい感じがします。
歴史的にいわれのある、けやき並木の中にあるのもいいです。
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