ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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鳩山 春子
IMG_4071.jpg
鳩山 春子 像
(東京都 文京区 音羽 鳩山会館)

撮影日:2010年12月12日
建設年:昭和5年
分 類:教育者
作 者:朝倉 文夫
評 価:☆☆☆

鳩山春子
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

鳩山 春子(はとやま はるこ)
(1861年-1938年)
明治-昭和時代前期の教育者

文久元年3月23日生まれ。
鳩山和夫と結婚。
明治19年共立女子職業学校(現共立女子学園)を創立,大正11年校長となる。
昭和3年共立女子専門学校,11年共立高等女学校を設立。
長男一郎は首相,次男秀夫は東京帝大教授。
昭和13年7月12日死去。78歳。信濃(長野県)出身。
東京女子師範(現お茶の水女子大)卒。
著作に「婦人の修養」など。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[エピソード]
◎息子一郎の第一高等学校入学が決まり、当時、皆寄宿寮制度であった一高の不衛生で蛮カラな寮に息子を入れる事を嫌がった母・春子が、当時の校長の狩野亨吉と自宅通学の可否を巡り悶着を起こすが、結局狩野校長に『入寮がお嫌いなら他の学校を選びなさい』と言われ、それでも『鳩山家には鳩山家の家庭教育が御座いますから』と食い下がる春子に、狩野は『じゃ、学校も廃して家庭教育にしたらよいでしょう』と言われ、しぶしぶ一郎を入寮させる。
結果として一郎は春子が懸念するまでも無く、快適な寮生活を過ごした。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
鳩山和夫像の横に座っておられます。
着物を着てやさしそうな顔ですが、エピソードをみるとなかなかきつい性格だったようです。

IMG_4087.jpg
鳩山会館
IMG_4096.jpg
鳩山会館内部
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