ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

坂本 竜馬 4
IMG_4604.jpg

IMG_4603.jpg

IMG_4605.jpg
坂本 竜馬 像4
(東京都 品川区 東大井 京急「立会川駅」)

撮影日:2010年12月18日
建設年:平成22年
分 類:幕末志士
作 者:盛岡 公彦
評 価:☆☆☆

◆坂本龍馬は、倒幕・明治維新へと続く次代の奔流の中で、数多くの志士に大きな影響を与えた幕末を代表する武士の一人です。
NHKのドラマで注目を集めている(2010年現在)こともありますので、経歴は簡単に。
誕生は幕末の天保6年(1836)年で、四国・土佐の郷士の次男でした。
少年期は家庭内で学業に励み、長じて剣の修業(目録の腕)、江戸への遊学を経て尊王攘夷運動に参加します。
武市半平太主宰の土佐勤皇党に在籍する中で諸国の志士たちとの交流を広げ、土佐藩脱藩後は勝海舟とも懇意となって神戸海軍操練所にも在籍するなど、めまぐるしく活動の場を転じながら、独自の日本近代化への方法を模索。
やがて薩長同盟を仲介して幕末維新への大きな転換を演出しました。
しかし、自ら描いた新しい日本の姿を見ることなく、慶応3年(1867)、盟友の中岡慎太郎と共に京都・近江屋に滞留中に刺客に襲われて暗殺されました。
享年31歳。短くも激しい生き方は、今も世代を超えて多くの共感を集めています。
銅像は、やはり出身地の高知県高知市桂浜にある立像がもっとも有名で代表的なものといっていいでしょう。
しかし品川区にも立像が存在します。
龍馬は、品川にあった土佐藩下屋敷に付属する鮫洲抱屋敷の警護に就いたことがあり、その近くには浜川砲台がありました。
近年になり、その浜川砲台の跡地から敷石が発見されたことから、それ記念して高知市から品川区に桂浜の立像を元にした樹脂像(写真下)が贈呈されました。
この像は2004年に立会川駅正面に設置され、浜川砲台跡地に一時移転したのち立会川駅横商店街の児童公園へと移されました。
そして2010年11月に、東京京浜ロータリークラブ有志を中心に寄付が寄せられ、新たに銅像が製作されたのです。
この像は龍馬が鮫洲抱屋敷の警護で滞留していた時期の年齢を想定して製作されており、20歳の龍馬像と言われています(写真上)。
製作は地元品川区にある「立体写真像」会長の盛岡公彦氏の手によります。20歳前後の龍馬は写真等がないため、現存する有名なポートレイト写真(30歳前後)を元に、他の龍馬像を参考にしながら表情に手を加えたそうです。
なお「先代」の樹脂像も、土佐藩の旧下屋敷跡に建てられた品川区立浜川中学校に移転建立されています。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[感  想]
数年前に龍馬の銅像があると知って、訪れた時銅像では無くFRP製だったのでがっかりした覚えがあります。
今回はしっかりした銅像で、緑に輝いていました。
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/289-9a0cdbf5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。