ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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寺内 正毅
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寺内 正毅 像
(東京都 武蔵野市 御殿山 井の頭自然文化園 彫刻館)

撮影日:2010年12月12日
建設年:大正10年
分 類:軍人
作 者:北村 西望
評 価:☆☆☆

寺内正毅
「近代日本人の肖像ホームページ」から

寺内 正毅(てらうち まさたけ)
(1852年-1919年)
明治-大正時代の軍人,政治家
内閣総理大臣(第18代)

嘉永5年閏2月5日生まれ。
寺内寿一の父。
母方の寺内家をつぐ。
明治35-44年陸相をつとめ,この間の39年陸軍大将。
43年初代朝鮮総督をかねる。
大正5年元帥となり超然内閣を組織するが,シベリア出兵による米騒動などで,7年総辞職した。
大正8年11月3日死去。68歳。周防(山口県)出身。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「ビリケン内閣」
大正5年(1916年)6月24日、元帥。
10月16日に総督を辞任し、10月19日には内閣総理大臣に就任。
朝鮮総督としての功績を認められてのことである。寺内の頭の形がビリケン人形にそっくりだったことから、これに超然内閣の「非立憲(ひりっけん)」をひっかけて「ビリケン内閣」と呼ばれた。
時は第一次世界大戦の最中であり、寺内首相は大正7年(1918年)8月2日シベリア出兵を宣言したが、米騒動の責任をとって9月21日総辞職した。
だが、この内閣末期には既に病気がちであり、翌年に病没する。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
山口県山口市出身の軍人です。
像は、北村西望の彫刻園の中に展示されています。
コートを着て馬に跨る姿が印象的です。
銅像は帽子を被っていますが、写真を見ると確かにビリケンに似てますね。

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