ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小松宮彰仁親王
IMG_3374.jpg

IMG_3369.jpg

IMG_3373.jpg
小松宮彰仁親王 像
(東京都 台東区 上野恩賜公園)

小松宮彰仁親王(こまつのみやあきひとしんのう)
(1846年-1903年)
幕末-明治時代の皇族,軍人
北白川宮能久親王の兄

撮影日:2007年6月21日
建設年:明治45年
分 類:皇族
作 者:大熊氏廣
評 価:☆☆☆☆

小松宮彰仁親王
小松宮彰仁親王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

弘化3年1月16日生まれ。
伏見宮邦家親王の王子。
安政5年親王となる。
出家して純仁と名のり,王政復古にあたり還俗して名を嘉彰にもどす。
明治15年東伏見宮から小松宮に改称,名も彰仁とする。
軍務に従事し,23年陸軍大将,31年元帥。35年天皇の名代としてイギリス国王の戴冠式に参列した。
明治36年2月18日死去。58歳。
幼称は豊宮。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

◆小松宮彰仁親王は、江戸時代末期の弘化3年(1846)に皇族伏見宮邦家親王の第8皇子として誕生。
戊辰戦争で奥羽討伐総督として官軍を指揮したほか、のちの西南戦争でも旅団を指揮して出征しています。
明治時代は欧州王族の例に倣って日本の皇族も進んで軍務に就くべきという雰囲気が皇族内にあり、彰仁親王もそれを奨励し、自らも多くの戦場に立ったことで知られています。
明治23年(1890)には陸軍大将となり、近衛師団長、参謀総長という要職を歴任しています(のちに元帥)。
また軍務の一方で、日本赤十字社の総裁として赤十字活動の奨励・発展に尽力するなど社会奉仕・事業団体の総裁を務め、現在、皇族が公務として行っている社会活動の礎となりました。
なお銅像建立を提案したのは、西南戦争の際に負傷者介護にあたる公的機関(のちの博愛社。日本赤十字社の前身)の設立を提唱した佐野常民で、明治35年の日本赤十字社設立25周年の記念としてでした。
像は、勲章を佩用した軍装の乗馬姿で明治45年(1912)に除幕。
上野動物園正面入り口・向かって左側の木々に囲まれた場所にあります。
見所は軍装の装飾(正帽の前立は見事です)、勲章、装備、馬具の精緻きわまる描写。
そして並足の騎馬の抑えた躍動感と馬上の親王の凛として威厳あるたたずまいです。
周囲には桜の木があり、花咲く春が銅像の見ごろと言えるかもしれません。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[感  想]
上野公園のほぼ中央に位置します。
馬に乗ったりりしい姿が素晴らしいです。
台座も高くて立派です。
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/31-096f54f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。