ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

古市 公威
86IMG.jpg

87IMG.jpg
古市 公威 像
(東京都 文京区 東京大学)

撮影日:2010年12月18日
建設年:昭和12年
分 類:学者
作 者:堀 進二
評 価:☆☆☆☆

古市 公威
「デジタル大辞泉」より

古市 公威(ふるいち こうい)
(1854年-1934年)
明治-昭和時代前期の土木工学者

嘉永7年閏7月21日生まれ。
播磨(兵庫県)姫路藩士古市孝の長男。
開成所,大学南校にまなぶ。
フランス留学後,内務省に勤務。
明治19年帝国大学工科大学初代学長となり,のち内務省土木局長をかねる。
日本の土木工学,土木行政の近代化につくした。
土木学会会長,理化学研究所長,万国工業会議会長,日仏会館理事長などをつとめた。
貴族院議員,枢密顧問官。
昭和9年1月28日死去。81歳。
江戸出身。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

88IMG.jpg

◆古市公威は、幕末に姫路藩士の子として誕生し、開成学校(元は旧幕府学問所)を初めとして学業の道に進みました。
20歳を過ぎて新政府派遣の海外留学生としてフランスに渡り、欧州の進んだ土木・工学を学んで帰国。
内務省(建設省、国土交通省の前身)の技師として職務に就くかたわら、東大講師として教鞭を執りました。
後に統合により東大工学部となる工科大学の初代学長に就任。
日本の土木の技術・行政面の近代化に大きな足跡を残しました。
また日本初の工学博士でもあります。
技師(土木工学技術者)は、技術・行政全般に通じ、兵ではなく将帥、指揮者でなければならない。
将に将たる人であれ、と説いたことでも知られています。
銅像は、長年の業績を称えて製作され、1937年に建立。
堀進二製作の像は、杖を持ちソファーに腰をかけた姿を描いており、穏やかな表情が印象的な像です。
正門を入って左、工学部11号館横に置かれています。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[エピソード]
◎古市は公平無私であり、よく学生を導いたといわれる。
また、日本工学会の初代会長として、世界の中で、日本の工学技術の声価を高めることに寄与した。
作家三島由紀夫の本名“公威”は、内務官僚であった彼の祖父平岡定太郎が恩顧を受けた古市の名をとって命名したといわれている。

◎司馬遼太郎は自著『国家・宗教・日本人』において、フランスに留学中、あまりの猛勉強ぶりに体を壊しはしないかと心配した下宿先の女主人が休むように勧めると、古市は「自分が一日休むと、日本が一日遅れます」と答えたというエピソードを井上ひさしとの対談の中で語っている。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
杖を持ち椅子に座った姿は、静かな存在感があります。
安田講堂へのイチョウ並木をしっかりと見ておられるような感じがします。
三島由紀夫の本名がこの人の名前からとられたとは驚きです。

89IMG.jpg
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/313-c26caed8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。