ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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山川 健次郎
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山川 健次郎 像
(東京都 文京区 東京大学)

撮影日:2010年12月18日
建設年:昭和5年
分 類:教育者
評 価:☆☆☆

山川 健次郎
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

山川 健次郎 (やまかわ けんじろう)
(1854年-1931年)
明治-大正時代の物理学者,教育者

嘉永7年閏7月17日生まれ。
山川浩の弟。大山捨松の兄。
エール大にまなび,東京開成学校教授補をへて明治14年東京大学教授。
日本初の理学博士のひとり。
東京帝大,九州帝大,京都帝大の総長を歴任。
貴族院議員。枢密顧問官。
昭和6年6月26日死去。78歳。
陸奥会津(福島県)出身。
【格言など】物理学を学ぶ者の心得は「一に数学,二に数学,三に数学」
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

◆幕末に会津藩士の三男として生まれました。
しかし会津戦争の敗北の結果、謹慎・逃亡の末に長岡藩士の書生となり、それをきっかけに学業を志すことになります。
明治維新後に国費留学生に選抜されて渡米。
エール大学で物理学を学び、学位を得て帰国。東京大学設立後は、外国人教授の助手を経て、明治12年(1879)日本人初の物理学教授になりました。
明治21年には東大初の理学博士号を得るなど、物理学の普及と後進育成に尽力しました。
途中、辞任なども経験しましたが、1920年まで東大(東京帝国大学)総長を務めました。
胸像は昭和5年(1930)の製作で、曾孫から大学に寄贈され、台座を新造して安田講堂真裏(理学部1号館前)に設置されました。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[感  想]
安田講堂近くにおられます。
かくしゃくとした感じの上半身の像です。
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