ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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エドワード・ダイヴァース
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エドワード・ダイヴァース 像
(東京都 文京区 東京大学)

撮影日:2010年12月18日
建設年:明治33年
分 類:外国人、化学者
作 者:長沼守 敬
評 価:☆☆☆

エドワード・ダイヴァース(Divers,Edward)
(1837年-1912年)
明治期に来日したお雇い外国人
イギリス人化学者

ロンドン生まれ。
王立化学カレッジを卒業後,アイルランドで教職につきながらダブリンのクイーンズ・カレッジで医学博士を取得。
その後も病院付属医学校に勤務しつつ,次亜硝酸塩類を発見した。
明治6(1873)年,工学寮の実地化学の教師として来日し,ダイアーを助けて同校の発展に寄与した。
15年にダイアー帰国後はそのあとを継いで教頭となり,工部大学校が東大に合併後も引き続いて化学の研究と教育に貢献し,32年まで在職。
31年勲2等に叙せられたが,昇叙の上申書につけられた論文一覧には,来日前に発表のもの9件,来日後門弟と共同執筆したもの52件,彼の指導で門弟が発表したもの11件が挙げられている。
実験中の事故で右眼の視力を失ったが,1日の欠勤もなく研究に打ち込み,日本における無機化学の基礎を築いた。
帰国時に,東京帝大はその功績をたたえ,名誉教師とした。
32年に帰国後はイギリス学士会員,イギリス化学会副会長,化学工業会長など学界や産業界で活躍した。
東大で工学教師を務めたスミスが工部大学校の教育を批判したことに対し,『エンジニア』誌に反論を載せ,ダイアーの教育実験を弁護したことは有名である。
死没時には日本においても追悼会が催された。
「朝日日本歴史人物事典の解説」から

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◆明治6年(1873)に化学の講師として来日したイギリス人理化学研究者・教師。
工部大学校、理科大学で教鞭を執りました。
来日時は36歳の若さでしたが、本国イギリスでは次亜硝酸塩の発見などですでに研究者としての名声も高く、ヨーロッパの理学・化学研究の最先端に立つ人物の一人でした。
日本滞在は26年の永きに渡りました。
銅像は、帰国の翌年に長年の功績を顕彰して建立されました。
豊かな髭を蓄えた姿が印象的な胸像で、理学部7号館のバス通り側角に置かれています。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[感  想]
建造されて110年も経っている像ですが、古さを感じさせません。
髭が特徴的で、台座も含めスマートな感じがします。
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