ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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リウス・スクリバ
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リウス・スクリバ 像
(東京都 文京区 東京大学)

撮影日:2010年12月18日
建設年:明治40年
分 類:外国人、医学者
作 者:長沼守 敬
評 価:☆☆☆☆

リウス・スクリバ(Scriba, Julius Karl)
(1848年-1905年)
ドイツの医学者

1848年6月5日生まれ。
明治14年(1881)来日し,シュルツェの後任として東京大学の外科教師となる。
皮膚病学,梅毒学,眼科学,裁判医学も担当。
34年大学を退職し,聖路加病院の外科主任となる。
日本外科学の恩人といわれる。
明治38年1月3日鎌倉で死去。56歳。
ワインハイム出身。ハイデルベルク大卒。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

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◆1881年から東京大学医学部で外科の教鞭を執った(眼科・皮膚科も担当)ドイツ人医学者です。
ベンツ同様、当時、日本人教授が不足していた状況で外科教育の発展に残した功績は大きく、退職後は聖路加病院の外科主任も務めましたが、1905年、57歳の若さで亡くなりました。
銅像は、1907年に日本医学界への貢献を称えて建立されました。
ベンツ像・スクリバ像ともに台座を備えた胸像で、画家・彫刻家の長沼守敬の製作です。
ほぼ同時期に東大に在籍し教壇に立った2人の像は、並んで御殿下グラウンド脇に設置されています。
像の解説文には「内科学外科学を教授指導しわが国近代医学の真の基礎を築いた恩人」とあります。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[[エピソード]
◎下関での李鴻章負傷事件、ロシアの皇帝が負傷した大津事件などで、日本政府の要請により現地に出張した。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
100年以上も経っている像です。
ベルツ像とともに並んでおられます。
後ろの台座も素晴らしく、シンメトリーで優れたデザインの像です。
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