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滝 廉太郎 1
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滝 廉太郎 像 1
(東京都 台東区 上野恩賜公園)

滝 廉太郎(たき れんたろう)
(1879年−1903年)
日本の音楽家・作曲家。
明治の西洋音楽黎明期における代表的な音楽家の一人である。

撮影日:2007年6月21日
分 類:文化人
評 価:☆☆☆

[生 涯]
1879年(明治12年)東京生まれ。
滝家は江戸時代、日出藩(現・大分県日出町)の家老職をつとめた上級武士の家柄である。
1894年(明治27年)
15歳で東京音楽学校(現・東京藝術大学)に入学する。
1900年
東京にあった博愛教会で洗礼を受けてクリスチャンになった。
明治時代の前半に多くの翻訳唱歌ができたが、日本語訳詞を“無理にはめこんだ”ぎこちない歌が多く、日本人作曲家によるオリジナルの歌を望む声が高まっていた。
滝は最も早く、その要望に応えた作曲家と言えるだろう。彼の代表作である『荒城の月』は、『箱根八里』と並んで文部省編纂の「中学唱歌」に掲載された。
また、最も人気の高い曲のひとつである『花』は1900年(明治33年)8月に作曲された、4曲からなる組曲『四季』の第1曲である。『お正月』、『鳩ぽっぽ』、『雪やこんこん』などは、日本生まれの最も古い童謡作品として知られるが、これらは1900年に編纂された「幼稚園唱歌」に収められた名曲である。又、『荒城の月』は、ベルギーで讃美歌になった事も判明した。
1901年
日本人の音楽家として二人目にヨーロッパ(ドイツ)のライプツィヒ王立音楽院(メンデルスゾーン設立)に留学する。
「文部省外国留学生」として入学、ピアノや対位法などを学ぶが、わずか2ヶ月後に肺結核を発病し、1年で帰国を余儀なくされる。
その後父親の故郷である大分県で療養していたが、
1903年(明治36年)6月29日に23歳の若さで死去した。

歌曲に有名な作品が多い滝だが、1900年には日本人作曲家による初めてのピアノ独奏曲『メヌエット』を作曲している。
肺結核が悪化して、死期が近いことを悟った時、死の4ヶ月前に作曲したピアノ曲『憾』(うらみ)が最後の作品として残された。
また、後に、『箱根八里』は、箱根登山鉄道の発車メロディーになる。

[感  想]
上野公園の旧東京音楽大学 奏楽堂の前に座っています。
像は、眼鏡をかけて真面目そうな感じです。


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