ken's銅像探索日誌
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滝 廉太郎 1
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滝 廉太郎 像 1
(東京都 台東区 上野恩賜公園)

滝 廉太郎(たき れんたろう)
(1879年-1903年)
明治時代の作曲家

撮影日:2007年6月21日
分 類:作曲家
作 者:朝倉文夫
評 価:☆☆☆

滝 廉太郎
滝 廉太郎
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

明治12年8月24日生まれ。
ピアノを幸田延に,作曲をケーベルにまなび,東京音楽学校(現東京芸大)研究科卒業後母校の教師となる。
歌曲集「四季」(「花」をふくむ),中学唱歌「荒城の月」「箱根八里」などを作曲。
明治34年ドイツに留学したが,結核にかかり帰国。
明治36年6月29日死去。25歳。
東京出身。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「作 品」
明治時代の前半に多くの翻訳唱歌ができたが、日本語訳詞を“無理にはめこんだ”ぎこちない歌が多く、日本人作曲家によるオリジナルの歌を望む声が高まっていた。
滝は最も早く、その要望に応えた作曲家と言えるだろう。
彼の代表作である『荒城の月』は、『箱根八里』と並んで文部省編纂の「中学唱歌」に掲載された。
また、最も人気の高い曲のひとつである『花』は1900年(明治33年)8月に作曲された、4曲からなる組曲『四季』の第1曲である。
『お正月』、『鳩ぽっぽ』、『雪やこんこん』などは、日本生まれの最も古い童謡作品として知られるが、これらは1900年に編纂された「幼稚園唱歌」に収められた名曲である。又、『荒城の月』は、ベルギーで讃美歌になった事も判明した。
歌曲に有名な作品が多い滝だが、1900年には日本人作曲家による初めてのピアノ独奏曲『メヌエット』を作曲している。
肺結核が悪化して、死期が近いことを悟った時、死の4ヶ月前に作曲したピアノ曲『憾』(うらみ)が最後の作品として残された。
また、後に、『箱根八里』は、箱根登山鉄道の発車メロディーになる。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[銅 像]
奏楽堂の玄関脇に滝の像が建つ。
作者の彫刻家、朝倉文夫は滝とほぼ同世代。
大分県竹田の小学校の同窓で、滝が通う上野の音楽学校の隣の美術学校彫刻科で学んだ。
滝の没後、少年時代の思い出をもとにして像を彫んだという。
文・名和 修
「NIKKEI 日本の近代遺産50選ホームページページ」から抜粋

[感  想]
上野公園の旧東京音楽大学 奏楽堂の前に座っています。
像は、眼鏡をかけて真面目そうな感じです。
朝倉文夫が早世した滝の少年時代を思い作った像ということで、感慨深いものがあります。
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