ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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福原 越後
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福原 越後 像
(山口県 宇部市 中宇部 宇部護国神社)

撮影日:2011年10月10日
建設年:平成22年
分 類:幕末藩士
作 者:古谷 博
評 価:☆☆☆

福原越後像(宗隣寺[宇部市]蔵)
福原越後像(宗隣寺[宇部市]蔵)
「山口県ホームページ」から

福原 越後(ふくはら えちご)
(1815年-1864年)
幕末の武士

文化12年8月28日生まれ。
周防(山口県)徳山藩主毛利広鎮の6男。
宗藩萩藩の国家老をつとめ尊攘運動を推進。
みずから兵を指揮した禁門の変で敗れる。
第1次幕長戦争に際し,幕府への恭順をきめた藩から,益田右衛門介,国司信濃とともに切腹を命じられた。
元治元年11月12日死去。50歳。
名は元。号は翠崖。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「人 物」
寡黙で果断、温厚でもあり、幕末初期の長州藩政を見事に運営した名臣として、高く評価されている。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[銅 像]
『福原越後公の銅像復活 宇部護国神社に女性寄進で
幕末、禁門の変の敗北と幕府による長州征伐の責任を負わされて切腹死した、長州藩永代家老で長門国厚狭郡宇部村の領主福原越後公の銅像が、主祭神である宇部市中宇部の宇部護国神社に建立され、23日に除幕式があった。
銅像は高さ1.6メートルで、台座を含めると高さ4メートル。
烏帽子に陣中ばかま姿で太刀を持った越後原公が、旧領の宇部市内を見守るように立っている。
越後公の銅像は、1928年(昭和3)に市民の浄財で市内の神原公園に建立されたが、戦時中の金属類回収令で拠出され、その後再建されていなかった。
同神社の野村好史宮司によると、約2年前、銅像の建立を願って市内の女性篤志家が資金を寄進。
同市東岐波の彫刻家、古谷博さんが制作を担当し、越後公の優しさと厳しさを直線と曲線で表現した銅像が完成したという。
除幕式には、女性篤志家や福原家関係者、銅像建立を記念して同神社が公募した「言葉に出せない感謝の言葉」の選考委員を務めた直木賞作家の古川薫さんら約百人が出席。
神事の後、除幕して完成を祝った。
野村宮司は「銅像の建立によって、無念の死を遂げた越後公の存在を市民が再認識してくれれば」と話した。』
『2010年11月24日(水)山口新聞ホームページより引用』

[感  想]
最近出来たばかりの銅像で、実家から近い位置にあります。
地元でありながら、福原越後という人物をはじめて知りました。
烏帽子を被った、りりしい姿が印象的です。
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