ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

阿米
IMG_0116.jpg

IMG_0118.jpg
阿米 像
(山口県 周南市 速玉町)

撮影日:2011年12月20日
建設年:平成14年
分 類:その他
評 価:☆☆

阿米(およね)
(1791年-1852年)
「都濃の三孝女」の一人

父は日庸の金左衛門。母は河内村の農民・茂左衛門の娘。
1791年、徳山の貧しい家に生まれる。
1796年、母が死去し、母方の祖父である茂左衛門に引き取られて養育された。
1802年に父が病気となったので、父の看病のために帰宅し、父の看病をしながら、昼は近所の米つきに雇われ、夜は父の側で糸を紡ぐという生活が続いた。
米つきをする際には、体が軽いため、石を腰につけたと伝えられている。阿米は純孝な性格で、労苦を厭わず、父が満足するのを自分の楽しみとした。このことが藩主・毛利広鎮の耳に入り、たびたび表彰され、米穀や恩賞を賜った。
1832年、阿米の31年にわたる看病の末、父の金左衛門は68歳で死去する。
後に阿米が病にかかり、病状が重くなると、近所の人々に多年の厚意を拝謝し、自分の死後に遺骨を父母の墓の傍に埋めるよう頼み、1852年に62歳で死去する。
法名を慈順といい、川端町の徳応寺に葬られた。
1860年11月28日、阿米の孝養を称えるために石碑が建立された。
碑文は安積艮斎が撰文し、書は楷書の大家である中村春秀による。
また、「阿米顕彰会」では、毎年阿米の命日に徳山市(現在は周南市)内の親孝行な児童・生徒を表彰し、今もその孝養を称えている。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

IMG_0120.jpg

[感  想]
孝女阿米という人物も初めて知りました。
父を背負っている珍しい像で、阿米のやさしい表情が印象的です。
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/370-b605fc2c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。