ken's銅像探索日誌
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安 煕済
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安 煕済 像
(韓国 釜山 龍頭山公園)

撮影日:2012年1月7日
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

安 煕済(アン・フィジェ)
(1885年-1943年)

安煕済氏は、釜山を代表する独立運動家で、教育、言論の世界にいたるまで幅広く活動をした運動家でした。
慶尚南道宜寧郡富田面立山里で生まれた安煕済は、ソウルで勉学を修めた後、故郷で啓蒙活動に勤め、1910年の韓日併合により、国勢が悪化すると、ウラジオストックに渡り、独立運動を開始しました。
ところが、活動を共にする仲間のうち一人が肺結核に倒れると、その仲間の休養を兼ねて気候の暖かい釜山に。
しかし、その当時の釜山は商権までをも日本人が掌握している状況、それを見た安煕済氏は、日本の経済力に対抗するため1914年「白山商会」を設立します。
白山商会は、もともとは穀物と海産物などを売る個人店舗でしたが、その後株式会社になり、規模も大きく拡大します。
安煕済氏はこの「白山商会」での売り上げの一部を上海にあった臨時政府に資金として送金し、独立運動の資金援助をしていました。
また、「白山商会」は独立運動家たちの拠点としても使われて、独立運動のアジトとなっていました。
安煕済氏は独立運動の資金調達だけではなく、釜山市内の韓国人学校の設立要求、優秀な若者を留学に送るなどの教育活動もおこないましたが、「白山商会」は、厳しい取締り、資金の供給と負債のために1937年に倒産し、安煕済氏も釜山を離れることになります。
その後も『中外日報』の社長に就任し、言論を通して総督政治を批判する言論活動、また、1933年には満州にわたり大規模な農場を作り移民者の定着や教育活動、太?教(韓民族の始祖である檀君を祀る韓国固有の宗教)を通した民族独立運動にも力を注ぐなど、投獄生活(1942年に逮捕、1943年に病身保釈)の後、1943年病院で息を引き取るまで、絶え間なく民族独立活動に生涯を捧げました。
「釜山観光旅行ガイド プサンナビ」から

[感  想]
釜山の龍頭山公園の釜山タワーに上がる坂道の前におられます。
釜山出身の独立運動家です。
上半身の像で、きっりとした表情が印象的です。
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