ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岡藤 五郎
IMG_2254.jpg

IMG_2255.jpg

IMG_2258.jpg
岡藤 五郎 像
(山口県 美祢市 大嶺町東分 美祢市歴史民俗資料館)

撮影日:2012年7月1日
建設年:昭和55年
分 類:古生物学者
評 価:☆☆☆

岡藤 五郎(おかふじ ごろう)
(1924年-1978年)
昭和時代後期の古生物学者

大正13年9月30日生まれ。
昭和27年山口県立大嶺高教諭。
秋吉台でニホンオオツノシカなど哺乳類を中心に,化石約20万点を採集,研究した。
47年中国文化賞。
昭和53年7月20日化石採集中死去。53歳。
山口県出身。
朝鮮総督府水原農林専門学校卒。
著作に「秋吉台及び周辺化石図集」。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「バイクを駆って古代のロマンを追い続けた化石先生」
岡藤五郎は、大正十三年(一九二四年)山口県美祢市伊佐町の呉服店の長男として生まれました。
元気いっぱいの五郎は川で小魚を追ったり、野山で遊んだりするのが大好きで、小さいころから伸び伸びと自然に親しんで育ちました。
終戦後、専門学校を卒業した五郎は、旧制山口県立豊浦中学校の理科の先生になります。
そして、自分が培ってきた経験から「理科の学習は教室だけではだめだ」と思い、野外研究として生徒たちを連れて化石を集め始めます。
その後、昭和二十七年(一九五二年)には故郷である美祢市に新設された山口県立大嶺高等学校に転勤になります。
美祢市は、秋吉台カルスト地帯と大嶺炭田という二つの化石のメッカとして知られるところですから、五郎にはたまらなく魅力的な土地だったことでしょう。
教師の仕事のかたわら、化石を採集するためにバイクで走り回る生活が始まりました。
そしていつしか、周囲から「化石の先生」と呼ばれるようになりました。
地元では五郎のことを知った人が化石を持って来てくれたり、情報を伝えに来てくれたりと、温かい応援がありました。
また、五郎は貴重な化石を見付けると自分のヘルメットを脱いで、そのなかに入れて持ち帰り、奥さんにしかられることも多かったそうです。
五郎は、よくこういいました。
「私は専門の学者ではない、第一線にいる化石収集家に過ぎない。でも、その化石を調べるためには幅広い知識が必要だ」
この思いから化石採集から帰った少ない時間も化石の研究にあて、古生物学や地学、人類学、考古学などの文献を調べたり、大学などの専門の学者と交流を深めたりしていきました。
そんななか、炭鉱である山陽無煙桃木鉱の露天掘りの現場で、たいへん貴重な植物化石群が見つかります。
昭和四十三年(一九六八年)のことでした。
五郎は学校が終わると連日現場に駆け付け、日暮れまで化石を探し続けました。
その量はトラック数台分にもなり、これを見た人々はびっくりして、「よくもまあ、これだけのものを一人で」と感心したほどでした。
五郎は、これらの化石を国立科学博物館や全国の大学、研究所に無償で送り、さまざまな研究に役立てました。
五郎が作製した何千、何万と集められた微小ほ乳類の骨の標本を見ると、彼がいかに細心の注意力と根気強さを持った人だったかが分かります。
これらの標本は、洞くつのなかに積もった土や、長い年月をかけて石灰岩の割れ目のなかに流れ込んで石のように固まった「テラロッサ」と呼ばれている土を、水洗いして取り出し、一つ一つピンセットでより分け、整理してつくったものです。
この小さな骨のなかから、氷河期にアジア大陸に生息していたネズミなども発見しました。
五郎が発見した化石のなかには、五郎自身の名前が付いたものもあります。
シダの仲間の「アステロテーカ・オカフジアイ」、トクサの仲間の「パラスフェノフィルム・オカフジアイ」、ゴキブリの仲間の「オカフジムカシゴキブリ」などです。
また「トウヨウゾウ」「サイ」「トラ」「ヒョウ」「オオツノジカ」などの化石からは、氷河期に日本列島の一部が中国大陸や朝鮮半島、シベリア大陸と陸続きになったり離れたりした時期や、当時の気候が現在とはかなり異なっていたことが分かります。
このように五郎が発見した化石は、日本列島の歴史や気候を知る上での重要な手がかりとなったのです。
五郎は、昭和五十三年(一九七八年)七月二十日の午後、太陽がかんかんと照り付け、焼け付くような石灰岩の採掘場で化石を採集中、突然襲った心臓病のために倒れて再び立ち上がることなく亡くなりました。
しっかりと握りしめたこぶしのなかには、小さな化石があったということです。

化石のクリーニング作業中の岡藤五郎
化石のクリーニング作業中の岡藤五郎

岡藤五郎、化石の採集現場にて
岡藤五郎、化石の採集現場にて
【出典、参考文献】
「改訂版 山口の理科ものがたり」山口県小学校教育研究会理科部会
「伝えたいふるさとの100話」から


[感  想]
美祢市歴史民俗資料館の風除室におられます。
この史料館には、美祢市で採取された多くの化石が展示されており、化石先生も化石に囲まれて幸せでしょう。
眼鏡をかけた優しい表情が印象的です。

IMG_2267.jpg
資料館にある岡藤五郎コーナー
IMG_2270.jpg
最後の収集資料やカメラ等が展示してあります。
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/409-8b44cfd0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。