ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

濱尾 新
80IMG.jpg

81IMG.jpg

82IMG.jpg
濱尾 新 像
(東京都 文京区 東京大学)

撮影日:2010年12月18日
建設年:昭和7年
分 類:教育者
作 者:堀 進二
評 価:☆☆☆☆

濱尾 新
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

濱尾 新(はまお あらた)
(1849年-1925年)
明治-大正時代の教育行政家

嘉永2年4月20日生まれ。
但馬(兵庫県)豊岡藩士の子。
明治5年文部省にはいり,南校監事,東京開成学校長心得などをへて26年帝国大学総長。
30年第2次松方内閣の文相となる。
38年東京帝大総長。
のち東宮御学問所副総裁,枢密院議長などをつとめた。
大正14年9月25日死去。77歳。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

83IMG.jpg

◆濱尾新は、幕末に豊岡藩士の子として生まれ、明治維新後は慶應義塾大学などで学びます。
明治5年(1872)に文部省に出仕してからは教育行政の第一線で活躍し、明治26年に東大(当時は帝国大学)の第3代総長に就任します。
その後、入閣して文部大臣を務めますが、明治38年に第8代総長として東大(当時は東京帝国大学)に復帰し、以後7年間総長職を務め、施設や教育機関としての機能強化を進めました。
現在、多くの学生に愛されている正門から銀杏並木、大講堂に至る施設の配置や意匠は濱尾新のアイデアが反映されたものといわれています。
銅像は、没後7年目の1932年に建立。
ソファーに腰をかけ、足を組んでリラックスした姿は古市公威像も手がけた堀進二の手によるものです。
安田講堂と三四郎池の間の道に面して、安田講堂を見つめるように置かれています。
台座も含めると約4メートルという大きさが目を引きます。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[感  想]
東京大学安田講堂南側に座っておられます。
台座も立派な大きな像です。
ニヒルな笑いがいいですね。

浜尾のアイデアによる銀杏並木から大講堂を望む

84IMG.jpg
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/46-efe8be64
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。