ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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小松 帯刀
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小松 帯刀 像
(鹿児島県 鹿児島市 山下町 県文化センタ-)

撮影日:2012年11月18日
建設年:平成5年
分 類:幕末藩士
作 者:西俣 敏弘
評 価:☆☆☆☆

小松帯刀
「近代日本人の肖像」から

小松 帯刀(こまつ たてわき)
(1835年-1870年)
幕末-明治時代の武士、官僚

天保6年10月14日生まれ。
薩摩鹿児島藩士。
文久2年家老となり、大久保利通らと藩政改革を推進。
慶応2年(1866)西郷隆盛とともに、木戸孝允(たかよし)らとの間で薩長同盟をむすぶ。
維新後は新政府の総裁局顧問などに就任、大久保らと版籍奉還も画策した。
明治3年7月20日死去。36歳。
本姓は肝付。名は清廉。幼名は尚五郎。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

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[エピソ-ド]
◎愛妻家で、新婚時代の安政3年4月23日から5月6日(1856年5月26日から6月8日)にかけて当時珍しい新婚旅行で霧島の栄之尾温泉に滞在した記録がある。この滞在には千賀の父も同行した。
ちなみに日本初の新婚旅行を行ったとされる龍馬は寺田屋事件直後の慶応2年(1866年)であり、実際には帯刀清廉のほうが10年早く新婚旅行を行っていたことになる。

◎寛容で雄弁明快な人柄で人望が厚く、若くして薩摩藩の重職に取り立てられた。
西郷隆盛に初めて会いに行った際、西郷が、身分としては遥かに上とはいえ自らより7歳若い小松の度量を試そうと、わざと部屋で横になり小松を待っていたところ、小松はその姿を見て立腹することなく、むしろ西郷のために枕を持って来るよう従者に促したため、西郷はその一言を聞くや居住まいを正し小松に詫び、忠誠を誓ったという。
新政府においても将来を嘱望された。

◎坂本龍馬の新政府の人事構想では、西郷や大久保、桂らを抑えて、筆頭に挙げられていた。

◎2008年(平成20年)のNHK大河ドラマ『篤姫』では帯刀の存在がクロ-ズアップされ、主人公・篤姫の幼馴染という設定で篤姫との友情・恋慕が描かれた。
しかし、実際には両者が接点を持っていたという記録はなく、これらのシ-ンは全てドラマ内の創作である。

◎乗馬の達人であったとされる。夜、馬乗り提灯をさして馬に乗っても、提灯が揺れなかったという記述がある。

◎幕末に英国の外交員として派遣されていたア-ネスト・サトウの著書において、「私の知っている日本人の中で最も魅力的な人物」と評されている。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋


[感  想]
鹿児島県文化センタ-の敷地内におられます。
「大政奉還すべき」と記帳に真っ先に署名した姿を表した像です。
きりりとした表情で、島津三公銅像のある照国神社の方角を見ているというのもいいです。

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