ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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菅 実秀
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菅 実秀 像
(鹿児島県 鹿児島市 武二丁目 西郷公園)

撮影日:2012年11月18日
建設年:平成3年
分 類:武士
評 価:☆☆☆

菅実秀
「山形県生涯学習文化財団ホ-ムペ-ジ」から

菅 実秀(すげ さねひで)
(1830年-1903年)
幕末-明治時代の武士、官吏

文政13年1月8日生まれ。
出羽鶴岡藩(山形県)藩士。
戊辰の敗戦処理に手腕を発揮し、家老にすすむ。
このとき西郷隆盛の厚遇で藩の危機がすくわれたことを知る。
以後西郷に師事し鹿児島藩の諸政策を参考にした。
大泉藩権大参事、酒田県権参事を歴任。
西南戦争後、「南洲翁遺訓」を刊行。
明治36年2月17日死去。74歳。
通称は善太右衛門。号は臥牛(がぎゅう)。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

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「西郷隆盛と庄内出身の菅実秀の会見」
西郷公園(西郷屋敷跡)の中に西郷さんと庄内出身の菅実秀の会見の像があります。
この菅実秀は、元庄内藩(山形県)の家老であった人です。
会津藩・庄内藩はコテコテの幕府派であった藩で、官軍の西郷たちと激しい戦いを行って敗れたのですが、西郷のはからいで庄内藩の処罰が寛大になったということがあり、以来、菅実秀は西郷を尊敬しました。
それで明治8年に菅実秀が、この屋敷に西郷を訪ねて来て、対話している姿です。
後に菅実秀は「南洲翁遺訓」という本を刊行し西郷の偉大さを全国に知らしめました。
「よかとこBY写真満載九州写真ホ-ムペ-ジ」から

[感  想]
西郷隆盛屋敷跡におられます。
西郷隆盛との会見に臨む、正座している像です。
拳を握りしめた姿勢の良い姿が印象的です。
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