ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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畠山 義成
11畠山義成
11 畠山 義成

11畠山 義成 肖像
「畠山義成 みじかい半生の足跡」から

畠山 義成(はたけやま よしなり)
(1843年-1876年)
幕末-明治時代の武士、教育者

天保14年生まれ。
薩摩鹿児島藩士。
慶応元年留学生としてロンドン大でまなび、のち渡米してラトガーズ大に入学。
帰国後、三等書記官となり、明治4年岩倉遣外使節に随行。
6年開成学校初代校長、8年東京書籍館・博物館館長となった。
明治9年10月20日死去。34歳。
変名は杉浦弘蔵。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

日本がまだ留学を禁止していた1865年、薩摩藩からイギリスに渡った留学生のひとり、畠山義成は、杉浦弘蔵と名を変え、KoZo Soogiwooraとして第二の人生を歩みます。
木戸孝允、大久保利通の大きな信任を得て、のちに開成学校長、博物館長、図書館長を兼任し、文部省、内務省、外務省、太政官で活躍する輝かしい未来を約束されながら、1876年、派遣されたフィラデルフィア万博の帰路、畠山は結核で34年の短い一生を閉じます。
「畠山義成 みじかい半生の足跡ホームページ」から
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