ken's銅像探索日誌
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安徳天皇
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安徳天皇 像
(山口県 下関市 みもすそ川町 みもすそ川別館)

撮影日:2012年12月30日
建設年:昭和45年
分 類:天皇
評 価:☆☆

安徳天皇画像 泉涌寺所蔵
安徳天皇画像 泉涌寺所蔵
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

安徳天皇(あんとくてんのう)
(1178年-1185年)
平安時代後期,第81代天皇。
在位1180-85

治承2年11月12日生まれ。
高倉天皇の第1皇子。
母は平徳子(建礼門院)。
平清盛の後押しにより3歳で即位。
翌年清盛が死に,各地で平氏追討の動きが出,寿永2年平氏は天皇と神器を奉じて西国へ脱出,後白河上皇は後鳥羽天皇を即位させ,天皇がふたりたった。
2年後,長門(山口県)壇ノ浦の戦いで平氏は敗れ,元暦2年3月24日天皇は入水。8歳。
墓所は阿弥陀寺陵(山口県下関市)。
名は言仁(ときひと)。別称は西国天皇。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

安徳天皇は、最期を覚悟して神璽と宝剣を身につけた祖母・二位尼(平時子)に抱き上げられると、「尼ぜ、わたしをどこへ連れて行こうとするのか」と問いかける。
二位尼は涙をおさえて「君は前世の修行によって天子としてお生まれになられましたが、悪縁に引かれ、御運はもはや尽きてしまわれました。この世は辛く厭わしいところですから、極楽浄土という結構なところにお連れ申すのです」と言い聞かせる。
安徳天皇は小さな手を合わせ、東を向いて伊勢神宮を遙拝し、続けて西を向いて念仏を唱え、二位尼は「波の下にも都がございます」と慰め、安徳天皇を抱いたまま壇ノ浦の急流に身を投じた。
安徳天皇は、歴代最年少の数え年8歳(満6歳4ヶ月、6年124日)で崩御した。
(『平家物語』「先帝身投」より)
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
入水前、二位尼に抱えられて手を合わせている姿です。

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