ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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村上 景親
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村上 景親 像
(愛媛県 今治市 宮窪町 村上水軍博物館)

撮影日:2013年3月20日
建設年:平成16年
分 類:武将
作 者:池田 英貴
評 価:☆☆☆

村上 景親
村上 景親(むらかみ かげちか)
(1558年-1610年)
戦国時代-江戸時代初期の武将

小早川氏・毛利氏家臣。父は村上武吉、兄に村上元吉。
1578年(天正6年)の上月城の戦いに出陣した。
その後は、兄と行動をともにした。
1592年(文禄元年)から始まる文禄・慶長の役では吉川広家に従って、兄ともども朝鮮に渡海している。
小早川隆景が隠居すると、父と兄は毛利氏に帰参したが、景親はそのまま小早川家中に残り、養嗣子の小早川秀秋の家臣として仕えた。
しかし1597年(慶長2年)に小早川隆景が死去すると毛利氏に帰参して安芸国竹原に所領を得た。
1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いでは、兄の元吉とともに水軍を率いて、蜂須賀氏の所領であった阿波国の猪山城を攻撃し、落城させた。
その後は毛利軍の一員として、関ヶ原の戦いに参加した。
防長移封後、細川忠興や池田輝政も景親の武勇を見初め、家臣として誘ったが、景親はこれを辞退して父とともに屋代島に移住、毛利家御船手組の組頭となった。
1610年(慶長15年)に死去、墓所は山口県大島郡周防大島町にある。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
村上水軍博物館の玄関前に座っておられます。
侍烏帽子を被り、裃を着た座像で、ひげが印象的です。

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