ken's銅像探索日誌
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加藤 清正 1
KATOU1.jpg


加藤清正1
(下の写真は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から) 

加藤 清正 像 1
(熊本市 本妙寺山上)

撮影日:2006年10月20日
分 類:大 名
作 者:北村 西望
評 価:☆☆☆☆☆

加藤 清正1

加藤清正2
清正の重臣・大木舎人が写生し、文久年間にさらに模写されたという肖像
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

加藤 清正(かとう きよまさ)
(1562年-1611年)
織豊-江戸時代前期の武将,大名

永禄5年6月24日生まれ。
豊臣秀吉につかえ,賤ケ岳の戦いに七本槍のひとりとして活躍。
天正16年肥後(熊本県)半国の領主となる。
文禄・慶長の役で朝鮮に出兵,講和派の石田三成らと対立した。
関ケ原の戦いでは東軍に参加。
戦後,肥後一国の領主となり,堅固な熊本城をきずいた。
慶長16年6月24日死去。50歳。
尾張(愛知県)出身。
通称は虎之助。
【格言など】汝等はひとしく予が股肱腹心なり。使うところはその器に従うのみ
「デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説」から

[エピソード]
◎藤堂 高虎と並んで築城の名手として知られ、特に大きな反りを持たせた石垣の積み方が美しいといわれた。
三名城の熊本城や、蔚山倭城、江戸城、名古屋城など数々の城の築城に携わった。
また、領内の治水事業にも意を傾け、熊本県内には現在も清正による遺構が多く存在する。

◎清正は現在、戦国時代の名将として民衆から現在に至るまで崇められ、愛されている。

◎熊本県(旧肥後藩)においては、現在も県民の尊敬を集め、「清正公(せいしょこさん)」として種々の史跡や祭りなどにも取りあげられており、その人気は高い。

◎6尺3寸(約191cm)の大男だったと言われている。
だが実は5尺3寸(約161cm)にも満たない身長であったが、かぶる兜を長くして全体像を高く見せる事によって、相手に威圧感を与えようとしていたという説もあるようだ。

◎かなりの潔癖症であり、便所で用を足す際は30cmの高さもある下駄を履いてしていた。

◎口の中に拳を入れる事ができたという逸話がある。
その話を聞いた新選組局長・近藤勇も憧れていた清正にあやかり、真似をして拳を口に入れていたという。

◎清正は豊臣氏への忠義を終生、忘れなかったが、家康を恐れ、その天下も認めていた。朋友の福島正則が、家康の子・徳川義直が入る尾張名古屋城の普請を命じられたとき、「大御所の息子の城普請まで手伝わなければならないのか」と愚痴をこぼしたのに対して、清正は「嫌なら領国に帰って戦準備をしろ」と告げたという。

◎清正は朝鮮出兵で三成と対立し、それが原因で秀吉から京都に召還された後、伏見に蟄居させられていた。
しかし慶長元年(1596年)、伏見の大地震が起こって秀吉がいた伏見城が倒壊したとき、清正は300人の手勢を率いていち早く秀吉のもとに駆けつけ、警護を務めたと言われている。
蟄居身分でありながら、これは秀吉の許しもなく駆けつけたものであり、一つ間違えれば切腹となるところだったが、秀吉は清正の忠義を賞賛して朝鮮での罪を許したという。
これにより、清正は「地震加藤」と称された。

◎平時でも、常に腰に米三升と味噌、銀銭300文を入れていた。
ある時親友の正則が「それでは腰が重いだろうが」と述べると、「わしだって軽くしたい。だが、わしがこうしていれば、家臣も見習い、常に戦時の備えを怠らないだろう」と答えたという。
また、平時に腰兵糧をつけるのを忘れた小姓を怠慢であるとして免職にしたという。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋


[感  想]
本妙寺から石段を上っていった高台に立ち、熊本市街をじっと見ておられます。
長い槍を持って、そびえたつこの像を見たときは、鳥肌がたちました!
迫力満点、威圧感をひしひしと感じる素晴らしい像です。
この像を見たことがきっかけとなり、銅像コレクションをはじめました。
記念すべき銅像です!
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