ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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新田 長次郎
新田IMG_1717 (1)

新田IMG_1717 (4)
新田 長次郎 像
(愛媛県 松山市 文京町 松山大学)

撮影日:2013年3月20日
建設年:昭和38年
分 類:実業家
評 価:☆☆☆

新田長次郎
新田 長次郎(にった ちょうじろう)
(1857年-1936年)
明治-昭和時代前期の実業家

安政4年5月29日生まれ。
明治18年大阪で製革業をはじめ,ベルト工業などの事業に成功。
私財を投じて44年大阪の有隣小学校,大正12年松山高商(現松山大)を設立した。
昭和11年7月17日死去。80歳。
伊予(愛媛県)出身。号は温山。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

新田IMG_1717 (3)
◆ 新田長次郎(温山)翁
本学園三恩人の一人で、松山市山西の出身。
20歳にして志をたて大阪に旅立ち10余年の歳月を経て日本初の動力伝動ベルトの製作に着手し、至難とされた帯革製造業の確立を始め、膠・ゼラチン、ベニヤの製造をも手がけるなど、日本産業の発展に多大な貢献をした。
青少年を愛し学問を愛する温山翁は、高等商業学校設立の提案に賛同し、設立に際しては、「学校運営に関わらない」ことを条件に、設立資金として巨額の私財を投じ、我が国の私立高等商業学校では第3番目の設置となる松山高等商業学校(本学の前身)を創設した。
本学園では「学園創設の父」としてその功績が今日に伝承されている。
「松山大学 ホームページ」から

[感  想]
松山大学には、本学園三恩人の胸像がキャンパス内に設置されています。
新田IMG_1717 (2)
新田長次郎像は、坊主頭でちょっと強面の感じで、着物を着た胸像です。
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