ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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加藤 彰廉
加藤彰IMG_1729 (4)

加藤彰IMG_1729 (3)
加藤 彰廉 像
(愛媛県 松山市 文京町 松山大学)

撮影日:2013年3月20日
建設年:昭和38年
分 類:教育者
評 価:☆☆☆

加藤彰廉先生
加藤彰廉(かとう あきかど)
(1862年-1933年)
明治-昭和時代前期の教育者

文久元年12月27日生まれ。
明治42年大阪高商校長となる。
大正4年衆議院議員。
翌年郷里愛媛県松山の北予中学校長、12年松山高商校長に就任。
昭和8年9月18日死去。73歳。
東京大学卒。本姓は宮城。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

加藤彰IMG_1729 (2)
◆ 加藤彰廉先生
本学園三恩人の一人で、松山藩士宮城正脩の二男として生まれ、東京帝国大学文学部(現東京大学)に学び西欧の新思潮を身につけた。
卒業後は文部省、大蔵省在任の後教育界に入り、山口高等中学教諭を経て大阪高等商業学校長となった。
晩年、要請されて北予中学(現県立松山北高等学校)校長に就任し、高等商業学校設立をいちはやく加藤恒忠松山市長に提案するなど設立運動に尽力した。
松山高等商業学校創設に際しては、初代校長に就任し、第一回卒業式において「真実・実用・忠実」を説いた訓示は校訓「三実主義」に確立され、人間形成の伝統原理として今日に受け継がれている。
「松山大学 ホームページ」から

[感  想]
松山大学三恩人の像がキャンパスの庭に並んでいます。
松山大学IMG_1741

髭が特徴的な胸像で晩年の姿だと思われます。
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