ken's銅像探索日誌
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金子 重輔
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金子 重輔 像
(山口県 萩市 椿東)

金子 重輔(かねこしげのすけ)
(1831年−1855年)
長州藩士

撮影日:2007年8月23日
分 類:幕末志士
作 者:長嶺 武四郎
評 価:☆☆☆

9歳の時、白井小助に学び、ついで土屋粛海の門に入り、嘉永6年に家業をきらって江戸に行き、長州藩邸の雑役を勤めた。
たまたま吉田松陰の友人肥後の志士永島三平の所論に感激し、松陰に会って心情を訴え、師弟の交わりを結んだ。
1854年(安政元年)正月米艦神奈川碇泊に松陰と共に海外出遊を策し、藩邸を脱して鳥山確斎塾に寓した。
同年3月日米和親条約調印を聞き、松陰に随従して伊豆下田に行き、米艦搭乗を決行したが拒まれて果たさなかった。
直ちに自首して幕吏に捕らえられ、9月に護送され、1855年野山獄で病死した。
25歳没。
ホームページ「明 治 維 新 人 物 名 鑑」から

[感 想]
銅像は、両手で望遠鏡をもち右側のひざを地面につけて、松陰を見上げています。
松陰は、同じ罪を犯したのに身分の違いから、金子が獄でひどい扱いを受け、亡くなったことを大変悔やみ、悲しんだそうです。
もし、彼と松陰が米国に船で渡っていたら、日本は、違う日本になっていたかもしれません。


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