ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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ヨハネ・パウロⅡ世 1
ヨハネ2世① (4)

ヨハネ2世① (10)
ヨハネ・パウロⅡ世 像 1
(長崎県 長崎市本尾町 浦上天主堂)

撮影日:2015年3月20日
建設年:昭和57年
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

ヨハネ2世① (7)

img_0.jpg
ヨハネ・パウロⅡ世【Johannes Paulus】
(1920年-2005年)
正式にはヨハネス・パウルス。第264代ローマ教皇(法王)。

本名カロル・ウォイティワ。
ポーランド南部バドビチェに生まれる。
第二次世界大戦のため大学の勉学を中断、労働しながら神学を学び、1946年司祭となる。
67年枢機卿に指名され、78年、455年ぶりにイタリア人でない教皇として選任された。
共産圏出身者であったため、とくに平和への関心が強く、世界各地を訪問するなど精力的に
活躍、訪問国は129か国にもおよび、「空飛ぶ聖座」とよばれた。
そのなかには社会主義国のキューバや、東西キリスト教会分裂以来の教皇の訪問となったギ
リシアも含まれている。
81年(昭和56)に来日した。大学生時代から演劇活動にも従事、アンジェイ・ヤビエニの
筆名で戯曲も書いた。
「日本大百科全書(ニッポニカ)」から

<教皇ヨハネ・パウロ二世>
 私は、栄光と悲劇の跡をとどめている歴史の町、ここ長崎を訪れ、栄光を勝ち取り悲劇を
乗り越えた人々の子孫であり、後継者である皆さんにお話できることを神に感謝します。私
は大きな愛情と、この地方教会の素晴しいカトリックの伝統に対する深い尊敬の念をもって
皆さんにご挨拶の言葉をのべます。 (二十五日の説教の冒頭のお言葉)
 教皇は浦上の司教座聖堂に於いて、1981年2月25日司祭叙階のミサを司式され、翌
26日に修道女達にお話をなされた。(銘板碑文)

◎ヨハネ・パウロ2世は「旅する教皇」といわれたパウロ6世を遥かに凌ぐスケールで全世
界を訪問し、「空飛ぶ教皇(空飛ぶ聖座)」と呼ばれるほどであった。
最初の訪問国メキシコを皮切りに、1981年2月23日から26日までの日本訪問を含め、
2003年9月に最後の公式訪問国となったスロバキアに到るまでに実に世界100ヶ国以上を
訪問している。
勉強熱心で、飛行機の中などでも学習し、訪問先の言語で簡単な演説をすることで有名だ
った。
1981年2月23日のローマ教皇として初の来日時には広島市と長崎市を訪れ、日本語で
「戦争は人間のしわざです」「戦争は死です」と演説し、核兵器の廃絶を訴えた。

[感  想]
ヨハネ2世① (1)
浦上天主堂の前におられます。
ほほえんだ、優しい表情が印象的な上半身の像です。

ヨハネ2世① (2)
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