ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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倉場 富三郎
倉場 (11)

倉場 (2)
倉場 富三郎 像
(長崎県 長崎市南山手町 グラバー園)

撮影日:2015年3月20日
分 類:実業家
評 価:☆☆☆

oldglover_kuraba_03_20160813090347fd3.jpg
倉場 富三郎(くらば とみさぶろう)
(1871年-1945年)
明治-昭和時代前期の実業家

明治3年12月8日長崎生まれ。T.B.グラバーの次男。
明治40年長崎汽船漁業を設立し、汽船トロール業をおこす。
萩原魚仙らに依頼して描写させた魚類図鑑「グラバー図譜」はたかく評価されている。
昭和20年8月26日死去。76歳。
旧名はトマス=アルバート=グラバー(Thomas Albert Glover)。
苗字の倉場はグラバーをもじったもの。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

倉場 (4)

グラバーには倉場富三郎、ハナという二人の子どもがいました。
倉場富三郎はアメリカ留学から長崎に戻り、ホーム・リンガー商会に入社すると、蒸気ト
ロール漁船をイギリスから輸入し、日本の水産業の振興に大いに貢献しました。
底引き網にかかる膨大な魚を見た富三郎は、分類学的研究ができる魚類図鑑をつくろうと
思い、私費を投じて5人の画家に魚の絵を描かせ、25年の歳月をかけてグラバー図譜を完
成させました。
旧スチイル記念学校、旧グラバー住宅の奥の廊下にその一部が展示されています。
混血として生まれた富三郎は、日本と外国をつなぐ仲立ちになろうと懸命な努力を重ね、
内外倶楽部という外国人との親睦団体をつくり、日本初のパブリックコース、雲仙ゴルフ
場の設立にも力を注ぎました。
しかし第二次世界大戦の最中、同じ混血の境遇に生まれた妻ワカが急死。
やがて長崎に原爆が落とされ、絶望のなか終戦を迎えた富三郎は、その11日後の8月26
日に自ら命を絶ちました。
遺言には、街の復興のために莫大な金額を長崎市に寄付するよう記されていました。
「GLOVER GARDEN」ホームページから

[感  想]
グラバー園の旧グラバー住宅の中におられます。
倉場 (14)

大きな目と髭が特徴的な上半身の像です。
倉場(クラバ)はグラバーをもじった名前というのはおもしろいと思いました。
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