ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

トーマス・グラバー
グラバー (17)

グラバー (24)

グラバー (16)

グラバー (32)
トーマス・グラバー 像
(長崎県 長崎市南山手町 グラバー園)

撮影日:2015年3月20日
建設年:昭和38年
分 類:外国人
作 者:富永 直樹
評 価:☆☆☆☆

トーマス・グラバー
トーマス・グラバー【Thomas Blake Glover】
(1838年-1911年)

イギリスの貿易商。スコットランドのフレーザーバラ生れ。
父はイギリス沿岸警備隊一等航海士。
アバディーンのギムナジウムに在学した後、上海を経て、1859年(安政6)9月19日長崎に
来日。
61年5月にグラバー商会を設立し、ジャーディン・マセソン会社の代理店もかねた。
設立当初はおもに日本茶を輸出したが、64、65年ころより薩摩、佐賀、土佐、熊本等西南
雄藩をはじめ幕府諸藩への艦船武器類の販売を中心に発展し、上海にも支店をもつ長崎最
大の貿易商となった。
「世界大百科事典 第2版」から

グラバー (20)

スコットランド出身のグラバーは1859年、彼が21歳の時、開港と同時に長崎に来日し、
グラバー商会を設立しました。
幕末の激動の時代の中、志士達を陰で支え、伊藤博文らの英国留学を手伝うなど、若い人
々への多大な援助を惜しみませんでした。
また明治以降は純経済人として、日本の近代科学技術の導入に貢献しています。
とび色の瞳と赤い顔のため、彼が経営した炭坑の坑夫からは「赤鬼」とあだ名されました
が、その性格は豪胆で情に厚く、使用人の子供にさえお土産を忘れないきめ細やかな愛情
の持ち主だったようです。
同様に家族に対しても、妻ツルとの間に子供をなし、温かな家族をつくり、仲むつまじく
日本で終生を過ごしました。
1911年、73歳の生涯を閉じたグラバーは現在でも長崎市の坂本国際墓地でツルと、息子
の倉場富三郎夫婦とならび眠っています。
「GLOVER GARDEN」ホームページから

[エピソード]
◎経営危機に陥ったスプリング・バレー・ブルワリーの再建参画を岩崎に勧めて後の麒麟
麦酒(現・キリンホールディングス)の基礎を築いた。

◎太宰府天満宮にある麒麟像をたいそう気に入っていたらしく、何度も譲ってほしいと打
診していた。
キリン

◎キリンビールの麒麟は麒麟像と坂本龍馬を指しているとの説もある。

◎龍と馬が組み合わさった麒麟(きりん)は、中国の伝説上の生き物で、幸運の象徴とさ
れています。グラバーは、ジャパン・ブルワリ・カンパニーというビール会社を発足させ
ましたが、温室のそばに座っている愛嬌のあるこま犬がその時のラベルに使われた麒麟の
絵のモデルだといわれています。そしてラベルの麒麟のヒゲはグラバーの口ヒゲを元にし
たものとか…。

◎私生活では五代友厚の紹介で、ツルとの間に長女ハナをもうけている。また、息子に倉
場富三郎(Tomisaburo Awajiya Glover)がいる。


[感  想]
グラバー園の旧グラバー住宅の近くにおられます。
グラバー (42)

グラバー (39)

上半身の像で、もみ上げと髭が特徴的です。
グラバー (27)
邸宅を見守っておられます。

スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/610-a71db770
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。