ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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笹川 良一
笹川 (2)

笹川 (3)

笹川 (1)
笹川 良一 像
(東京都 港区三田 笹川記念館)

撮影日:2016年2月29日
分 類:実業家
評 価:☆☆☆

kaichou.jpg
笹川 良一(ささかわ りょういち)
(1899年-1995年)
昭和時代の右翼運動家

明治32年5月4日生まれ。
昭和6年国粋大衆党を組織して総裁となり、17年翼賛選挙で衆議院議員に当選。
戦後、A級戦犯として収監されたが、不起訴。
釈放後、全国に競艇を普及させ、全国モ-タ-ボ-ト競走会連合会会長、日本船舶振興会
会長として競艇収益の配分権をにぎり、政界のフィクサ-となった。
57年国連平和賞。
平成7年7月18日死去。96歳。大阪出身。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

◎社会奉仕活動
日本船舶振興会の活動により社会奉仕活動家として知られ、振興会の支援を通して、船舶・
造船事業の振興、海運安全の推進、福祉・国際援助活動、各種武道・スポ-ツ団体への協
力などさまざまな慈善事業を推し進めていった。
日本船舶振興会のテレビコマ-シャルに自ら出演。
子供たちとの「一日一善」の掛け声や社会奉仕活動の模様が紹介された。
なお高見山(高見山の後援会長でもあった)、山本直純、子供たちと共に「一日一善」等の
シ-ンは1975年(昭和50年)から会長を務めた財団法人日本防火協会(現・公益財団法
人日本防火・防災協会)のCMにも使われた。
CM全体のイメ-ジが日本船舶振興会のそれとほぼ共通であったため混同されがちである。
ちなみに同協会でCMを流していたのは、笹川の在任期間とほぼ同じ1976年(昭和51年)
から1994年(平成6年)まで。
ちなみに1970年代後半頃はその「一日一善」のCMは、曜日ごとに内容が変わる“曜日変
わりバ-ジョン”も存在した。
この時期に小中学生であった者にとって、笹川良一は「一日一善」若しくは「『戸締まり用
心、火の用心』のおじいさん」として認識されていた。

【孝養の像】
笹川記念会館、船の科学館、箕面市及び全国の競艇場、競艇関係の施設に笹川良一の孝子
像が存在する。何故か日本財団ビルにはない。
これは、笹川が59歳のとき、82歳の母親テルを背負って金毘羅参りのため、785段の石段
を登っている様子を表しているとされる。
「母背負い 宮のきざはしかぞえても かぞえつくせぬ母の恩愛」
「世界は一家、人類は皆兄弟」
との碑文が刻まれている。
なお同銅像は、笹川の生前に建立され開示されたものである。
※出典: フリ-百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

[感  想]
笹川記念館の横におられます。
笹川 (4)
母親を背負い、杖を持ち、金比羅の石段を上る姿です。
小さい頃、「一日一善」のおじさんのCMをよく目にしていました。
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