ken's銅像探索日誌
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乃木 希典 1
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乃木 希典 像 1(夫婦像)
(下関市 長府 乃木神社)

乃木 希典(のぎ まれすけ)
(1849年−1912年(大正元年))
長府藩士、軍人

撮影日:2007年9月6日
分 類:長府藩士、軍人
作 者:竹内 不忘
評 価:☆☆☆

明治時代を代表する軍人であり畏敬と親愛を込めて「乃木大将」、「乃木将軍」などの呼称で呼ばれることも多い。
東郷平八郎とともに日露戦争の英雄とされ、「聖将」とも呼ばれた。 若い頃は放蕩の限りを尽くしたが、ドイツ帝国留学において質実剛健な普魯西(プロイセン)軍人に感化され、帰国後は質素な古武士のような生活を旨とするようになったという。
また、明治天皇の後を追った乃木夫妻の殉死は、当時の日本国民に衝撃を与えた。

[年 譜]
1849年
現在の東京都港区に長州藩(現・山口県)の支藩である長府藩の藩士 乃木希次 寿子の長男に生まれる。
現在六本木ヒルズになっている長府藩上屋敷が生誕の地。
幼少期に事故により左目を失明。
1858年  
長府に帰郷
1865年  
長府藩報国隊に入り奇兵隊に合流し幕府軍と戦う
1871年  
陸軍少佐に任官
1877年  
歩兵第14連隊長心得として西南戦争に参加。
連隊旗を薩摩軍に奪われた。
乃木はこれを終生忘れることはなかった。
この事が後に乃木の自刃の遠因となる。
1886年  
川上操六らとともにドイツに留学
1894年  
歩兵第1旅団長(陸軍少将)として日清戦争に出征。
旅順要塞を一日で陥落させた包囲に加わった
1895年  
第2師団長(陸軍中将)として台湾征討に参加。
1896年 
台湾総督に就任
1898年  
台湾統治失敗の責任をとって台湾総督辞職
1904年  
休職中の身であったが日露戦争の開戦にともない、第三軍司令官(大将)として旅順攻撃を指揮。
2児の勝典、保典が戦死する。
1907年  
学習院院長として皇族子弟の教育に従事。
昭和天皇も厳しくしつけられたという
1912年 
明治天皇大葬の9月13日夜、妻静子とともに自刃。
享年62

夫婦銅像は、昭和37年(1962年)、乃木神社30周年祭を記念して建立されました。
題字は、内閣総理大臣 岸信介 書。
横の馬は、乃木将軍が乗った名馬「壽号」で、乃木神社創設85年を記念して建立されました。

[感 想]
乃木神社の奥におられます。
軍服姿の乃木将軍と着物姿でおだやかな表情の奥さんの姿がいいです。初めての夫婦銅像です。


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