ken's銅像探索日誌
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種田 山頭火 1
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種田 山頭火像 1
(山口市 新山口駅前)

種田 山頭火(たねだ さんとうか)
(1882年(明治15年)− 1940年(昭和15年))
俳人
自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人

撮影日:2007年9月8日
分 類:俳 人
作 者:吉塚 隆一
評 価:☆☆☆

[略 歴]
山口県西佐波令村(現・山口県防府市大道)の大地主の出身。
11歳の時、母が自殺。
旧制山口中学(現山口県立山口高等学校)から早稲田大学文学部に入学するが神経衰弱のため中退。
帰省し療養の傍ら家業である造り酒屋を手伝う。
1910年(明治43年)結婚し一児をもうける。
1913年(大正2年)荻原井泉水の門下となる。
その後、家業の造り酒屋が父親の放蕩と自身の酒癖のため破産。
妻子を連れ熊本市に移住。
古本屋を営むがうまくいかず、1920年(大正9年)離婚。
妻子を捨てて東京へ出奔。その後、弟と父親は自殺。
1923年(大正12年)関東大震災に遭い熊本の元妻のもとへ逃げ帰る。
生活苦から自殺未遂をおこしたところを市内の報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に助けられ寺男となる。
1924年(大正14年)得度し「耕畝」と名乗る。
1925年(大正15年)寺を出て雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行う。
1932年(昭和7年)郷里山口の小郡町(現・山口市小郡)に「其中庵」を結庵。
1939年(昭和14年)松山市に移住し「一草庵」を結庵。翌年、この庵で生涯を閉じた。
享年57。

[代表句]
○鴉啼いてわたしも一人
○霧島は霧にかくれて赤とんぼ
○まつすぐな道でさみしい
○また見ることもない山が遠ざかる
○わけいってもわけいっても青い山
(出典「草木塔」「俳句検索」)
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
「まったく雲がない笠をぬぎ」
この句を詠んだ姿、そのままを銅像にしています。
台座の俳句も直筆を復元して刻んでいるのがいいです。
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