ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

渡辺 祐策
IMG_6148.jpg

IMG_6158.jpg
渡辺 祐策 像
(山口県 宇部市 朝日町)

渡辺 祐策(わたなべ ゆうさく)
(1864年-1934年)
明治-昭和時代前期の実業家,政治家

撮影日:2007年9月8日
建設年:昭和11年
分 類:実業家
作 者:朝倉文夫
評 価:☆☆☆

渡辺 祐策
渡辺 祐策
「山口県ホームページ」から

元治元年6月15日生まれ。
長門(山口県)萩藩家老福原氏家臣渡辺恭輔の次男。
宇部村の村議,助役をつとめ,のち宇部興産の前身となる沖ノ山炭鉱(明治30年),宇部新川鉄工所(大正2年),宇部セメント(大正12年)などを創業した。
明治45年衆議院議員(当選4回,政友会)。
昭和9年7月20日死去。71歳。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[エピソード]
◎1912年には衆議院議員に初当選し、その後4選を果たし立憲政友会山口支部の初代支部長などを務めた。田中義一内閣の組閣時には入閣の打診があったが、「(田中義一)大将の御志はありがたいが、いま、自分には地方に大事業をかかえているので、ただちに中央にでかけるわけにはいかない」として大臣就任を断っている。
◎1934年6月7日に腸閉塞と腹膜炎との合併症により沖ノ山同仁病院にすると、松岡洋右や菊山嘉男(当時の山口県知事)等が交代で見舞いに訪れたが、病状は回復することなく翌月20日に他界した。
告別式と密葬が22日に行われ、市葬が25日に行われた。
市葬の際には市内の各会社、工場、商店が敬弔休業となり、会場となった神原公園には2万人を超える市民が集まった。

「渡辺翁記念会館」
IMG_6426.jpg

宇部市では、同市の発展に大きく寄与した渡辺祐策を記念し、1937年に渡辺翁記念会館を竣工した。
村野藤吾の設計による同記念館は、戦前期の前衛建築として最高傑作の一つに数えられ、2005年には重要文化財に指定された。
『概 要』
建築面積:2629㎡
延床面積:4582㎡
固定客席:1353席(1階837席、2階516席)
竣工:1937年4月
設計・施工:村野藤吾・沖ノ山炭鉱
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[銅 像]
銅像は、翁の死後、その遺徳を永遠に伝えるために、昭和11年建立され、題字は高橋是清氏のものです。

[感  想]
宇部市民は、渡辺祐策の名前は知らなくても、渡辺翁記念会館のことはみんな知っています。
高さ8mの花崗岩の台石の上に立つ約4mの銅像で、宇部の工業地帯を見守るように建てられているそうです。
工業地帯のある海の方を見つめる、立派な銅像です。
IMG_6171.jpg
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/74-b0c13e28
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。