ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
分類



最近の記事



月別アーカイブ



最近のコメント



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

西郷 隆盛 2
IMG_0732_20130210215911.jpg

IMG_0742.jpg

IMG_0744.jpg

IMG_0746.jpg
西郷 隆盛 像 2
(鹿児島県 鹿児島市 城山町 鹿児島市立美術館前)

撮影日:2012年11月18日
建設年:昭和12年
分 類:幕末藩士
作 者:安藤 照
評 価:☆☆☆☆

[銅  像]
◎上野公園の西郷像に対して、鹿児島市の鹿児島市立美術館近くに立つ郷土の彫刻家・安藤照が1937年(昭和12年)に作成した西郷の銅像は軍装(陸軍大将)である。
明治より時代が下って鹿児島市に建てられた銅像が、陸軍大将の正装で直立不動の姿勢であるのは、西郷の名誉回復という観点からすれば、未亡人が本来期待した姿に近いと考えられる。

◎西郷隆盛像昭和3年(1928年)に東郷平八郎より依頼を受けてから、西郷の体格や外見の研究に1年を費やし、さらに国内の古美術や銅像見学に1年かけ、加えて銅像研究のため欧州へ渡った。
帰国後7年を経て安藤は「身長5尺9寸、体重29貫、襟首19インチ、肥満であったが、肉つきは引き締まっており、相撲のため耳だこがあり、首は短く肩が小山のごとく盛り上がっている」との結論に至った。
安藤が思い描いた構図は、故山の大地を、市民と同じ足で踏みしめ、胸を張って桜島と向き合う巨人だった。
かくして銅像は昭和12年(1937年)に完成した。
また、土台製作の為に小根占(鹿児島県肝属郡南大隅町)より大小合わせて150有余の花崗岩を運ばせて、背景に城山と有機的に調和する小山を築き、造園した。

◎西郷銅像について、安藤は『大西郷と銅像』(改造第十九巻九号、1937年)にて、次のように記述している。
「襟は十九インチ、身長は五尺九寸余、体重は二十九貫と云うので胴回りなどの研究を進めることもできた。翁の令孫隆治氏は柔道剣道の達人で相当偉大な体躯の持主であるが、この大将服を着用せられてなお二貫余の綿を入れなければならなかった。また私共が、二人も一しょに入れるような胴回りである」(文中に登場の西郷隆治は、二中において安藤(8回卒)の3年後輩(11回卒)で、卒業後は二中で柔道師範を務めた人物)

◎作家の海音寺潮五郎は、著書『西郷隆盛』にて次のように述べている。
「これはぼくだけの見当だが、安藤は西郷の孫にあたる西郷隆治さんをモデルにし、それを彼の主観でアレンジして造形したのではないかと思っている。安藤は鹿児島二中の出身であるが、隆治さんも二中の出身だ。大体同じころに在学している見当でもある。隆治さんは西郷が奄美大島る流謫中にめとった島の娘アイカナの産んだ菊次郎の子で、西郷に最もよく似ているといわれている人である。(中略)ともあれ、安藤のつくった銅像は隆治さんによく似ている」

◎2008年(平成20年)12月30日の南日本新聞記事によると、西郷のモデルは、元・山形県議の男性であることが判明。安藤のアトリエで撮影された、銅像のひな型や肖像画などが写り込んだモノクロ写真が、男性の遺族宅で発見されたという。遺族は「(祖父の)目は隆治さんに似ていると思う」とも述べている。

[感  想]
軍服姿で左手にサ-ベル手に持った直立不動の堂々とした像です。
夜間は、ライトアップされ、西郷さんが鹿児島市の夜に浮かび上がります。
IMG_0584.jpg

IMG_0577.jpg

IMG_0573.jpg

IMG_0576.jpg

IMG_0731.jpg
身長は、5.257mです!
スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://kendouzou.blog115.fc2.com/tb.php/81-985ddb7b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。