ken's銅像探索日誌
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萩原 朔太郎
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萩原 朔太郎

萩原 朔太郎 像
(群馬県 前橋市 千代田町)

萩原 朔太郎(はぎわら さくたろう)
(1886年-1942年)
大正-昭和時代前期の詩人

撮影日:2007年10月25日
分 類:詩人
評 価:☆☆☆

萩原朔太郎
萩原朔太郎(1930年撮影)
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

明治19年11月1日生まれ。
父は医師。
大正2年北原白秋主宰の「朱欒(ザンボア)」に詩を発表し,同誌を通じて室生犀星と生涯の親交をむすぶ。
第1詩集「月に吠える」,第2詩集「青猫」で口語自由詩を完成させた。
昭和17年5月11日死去。57歳。
群馬県出身。前橋中学卒。
作品はほかに詩集「純情小曲集」,アフォリズム集「新しき欲情」など。
【格言など】どんな真面目な仕事も,遊戯に熱している時ほどには人を真面目にし得ない(「新しき欲情」)
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

[作 品]
北原白秋に師事し、1917年2月刊行の処女詩集『月に吠える』で全国に名を知られるようになった。
続いて1923年1月に『青猫』を刊行。これは『月に吠える』と並ぶ、朔太郎の代表作とされている。
この他、『蝶を夢む』、『萩原朔太郎詩集』、それらを集成した『定本青猫』がある。
これらの作品は、口語体によって書かれ、高村光太郎と共に「口語自由詩の確立者」とされる。
一方、実生活上では医師の長男でありながら、生涯定職に就かなかった負い目の意識や、2度の離婚。
最初の離婚にまつわる家庭内のいざこざが原因で次女に知的障害が残るなど、過失の意識を強めていった。
1933年6月に刊行された『氷島』では、漢文調の文語体に立ち帰り、寂寥と懐疑の情を訴えている。この作品を巡っては、評価は好悪まったく二分されている。最後の詩集は、散文詩と抒情詩(行わけ詩)をまとめた綜合詩集『宿命』であった。

[余 談]
「世界の中心で、愛をさけぶ」の主人公の名前はこの朔太郎から名付けられた。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感 想]
この像は、「萩原朔太郎記念水と緑と詩のまち前橋文学館」の前にあります。
川を見て、何か考えているようなしぐさが、詩人らしい朔太郎像をよく表現してします。
夜だったので、ちょっと残念でした。
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