ken's銅像探索日誌
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ホセ・リサール博士
IMG_2839.jpg
ホセ・リサール博士 像 
(東京都 千代田 日比谷公園)

ホセ・リサール(José Rizal)
(1861年-1896年)
フィリピン独立運動の闘士にしてフィリピンの国民的英雄。

撮影日:2007年6月4日
建設年:昭和36年
分 類:外国人
評 価:☆☆☆

ホセ
ホセ・リサール
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

フィリピン独立運動の闘士にしてフィリピンの国民的英雄。
医師、著作家、画家でもあった。
志半ばにして捕らえられ、スペイン軍の手で銃殺されたが、その意志は人々に受け継がれ、フィリピン独立の英雄として今も愛され続ける。
8人の高祖父の内、1人は日系フィリピン人とされている。
リサールは1888年に来日しており、一ヶ月ほど東京都内に滞在している。
これを記念して東京の日比谷公園にはホセ・リサール記念像が設置されている。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

ホセ・リサールは、スペインの植民地であったフィリピンの独立に生涯をかけた独立運動の闘士です。
彼は求学心に富み、技術や知識によりスペイン圧政下のフィリピン社会に貢献しようという意思が強かったようです。
スペイン人からの蔑視の中で測量技術、医学などを学び、さらにスペインに渡り、医学を学んで医師免許を取得。
他の欧州各国の大学でも学んで、なんと10カ国以上の言語を操るという語学の才を見せました。 
帰国後、『ノリ・メ・タンヘレ(我に触れるな)』『エル・フィリブステリスモ(反対者)』という2冊の著書を表しますが、これはフィリピン人の苦衷を世に知らしめると共に、独立運動に火をつけることになりました。
ホセ・リサール本人は、急激な解放・独立運動ではなく、緩やかな地位向上や平等、生活改善を求めるという気持ちだったようですが、スペイン側は彼を危険人物とみなして逮捕・追放を行い、独立運動の機運が盛り上がると、ついに裁判にかけて銃殺刑を宣告します。
国外退去などを条件とした助命提案も出されましたが、ホセ・リサールはこれを断りました。享年35歳。
マニラ湾を望む彼が処刑された場所は、現在公園になっており、広場には24時間警衛される記念碑があり、公園は彼を偲ぶ人々で賑わっています。
銅像は日比谷公園内にあります。
木立にまぎれてわかりにくいかもしれませんが、帝国ホテルほぼ正面の道路沿いにあります。
ホセ・リサールは1888年に来日しており、その際に当時日比谷公園内にあったホテルに宿泊したことに因み、東京都によって建立されました。
銘板と凝った台座がしつらえられた胸像で、その端正な面立ちはフィリピン人の幸せを強く願って止まなかった信念を感じさせ印象的です。
「歴史群像―学研デジタル歴史館-「TOKYO銅像マップ」」から

[感  想]
日比谷公園の隅に、ぽつんとあります。
フィリピン独立運動の闘士だけあって、きりっとした端整な顔です。

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