ken's銅像探索日誌
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高田 早苗
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高田 早苗 像
(東京都  新宿区 早稲田大学)

高田 早苗(たかた さなえ)
(1860年−1938年(昭和13年))
政治家、政治学者、教育者
妻は前島密長女。

撮影日:2007年10月26日
分 類:教育者
評 価:☆☆☆

[略歴]
1860年に江戸・深川(現在の東京都江東区)に生まれる。
神田の共立学校や官立の東京英語学校(のちの一高)などで英語を学び、大学予備門を経てのち、明治15年に東京大学文学部哲学政治学及理財学科を卒業後、法学者の小野梓に従って大隈重信の立憲改進党結党に参加する。
また、大隈とともに東京専門学校(現在の早稲田大学)の設立にも参加し東京専門学校評議員・講師となり、早稲田の経営に力を注いだ。
1901年に、法学博士。
1907年、早稲田大学学長。
大正12年(1923年)から昭和6年(1931年)まで同大総長となった。
1928年、帝国学士院会員。
教育者として早稲田大学の経営に携わる間に明治23年(1890年)第1回衆議院議員総選挙に立候補し当選。通算6期務めた。立憲改進党系の政党に参加した。
1897年に、第2次松方内閣(大隈と連立した松隈内閣)で、外務省通商局長、
1898年の第1次大隈内閣(隈板内閣)で、文部省参事官、高等学務局長、参与官兼専門学務局長を務めた。
1915年、貴族院議員に勅撰された。
大正4年(1915年)、第2次大隈重信内閣の内閣改造で、文部大臣として入閣している。
現在、早稲田大学にある高田早苗記念研究図書館は、高田の早稲田大学への功績をたたえて名づけられた。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感  想]
早稲田大学の大隈像の近くの中庭に座っています。
足を組んだ座り姿は、きりりとした感じです。


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