ken's銅像探索日誌
旅先で出会った銅像達を紹介します!
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蜂須賀 家政
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IMG_7837HATI2.jpg
蜂須賀 家政 像
(徳島県 徳島市 徳島町 徳島中央公園)

蜂須賀 家政(はちすか いえまさ)
(1558年-1638年)
織豊-江戸時代前期の武将

撮影日:2007年11月15日
建設年:昭和40年
分 類:武将
評 価:☆☆☆

永禄元年生まれ。
蜂須賀正勝の長男。
天正13年(1585)豊臣秀吉の四国攻めで軍功をたて阿波徳島17万6000石を領した。
関ケ原の戦いでは西軍に属したが出陣せず,長男至鎮を東軍につかせ,本領をたもった。
徳島藩藩祖。
寛永15年12月30日死去。81歳。
尾張(愛知県)出身。
幼名は小六。号は蓬庵。
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「人 物」
◎伊達政宗に「阿波の古狸(ふるだぬき)」と評されたという。
◎関ヶ原では親家康的な一面があったとはいえ、それは「石田三成憎し」から出た感情的行動だったと思われる。
家政自身は豊臣家に対する忠義心が残っていたものと思われる。
関ヶ原や大坂の陣における消極的な行動が、それを物語っている。

[銅 像]
戦前は、野太刀と長槍を持った甲冑姿の蜂須賀小六正勝公(家祖)の銅像が立っていましたが、戦時中に供出されてしまい、1965年に裃姿の蜂須賀家政の銅像に生まれ変わっています。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

[感 想]
『偉人の俤』という本で、戦前にあった、家政の父、蜂須賀小六正勝公の像の写真を見ましたが、こちらの方がかっこよかったです。
阿波踊りを広めたお殿様としての功績は、素晴らしいです。
写真は、夕方暗くなってからだったのであまり写りがよくありませんが、裃姿で何か指揮をしている姿のようです。
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