ken's銅像探索日誌
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明治天皇
IMG_7864MEI1.jpg

IMG_7866MEI2.jpg
明治天皇 像
(徳島県 徳島市 眉山町)

明治天皇(めいじてんのう)
(1852年-1912年)
第122代天皇
(在位1867年-1912年)

撮影日:2007年11月16日
建設年:昭和54年
分 類:天皇
評 価:☆☆☆

明治天皇1
明治天皇
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

嘉永5年9月22日生まれ。
孝明天皇の第2皇子。母は中山慶子。
父の死により16歳で践祚(せんそ)。
その10ヵ月後幕府は大政を奉還。
五箇条の誓文を公布し,新政府の基本方針をしめす。
明治と改元して一世一元とさだめ,京都から東京へ遷都。
欧米の制度や文化をみならい,政治,経済,社会,教育,軍事を改革し,大日本帝国憲法や教育勅語などを発布して,立憲国家・近代国家確立に献身した。
在位中,日清・日露両戦争,大逆事件がおこり,韓国併合がおこなわれた。
和歌をこのみ,約10万首の詠歌をのこした。
明治45年7月29日死去。61歳。
墓所は伏見桃山陵(京都市伏見区)。
幼称は祐宮。諱は睦仁。
【格言など】四方(よも)の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ち騒ぐらむ
「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」から

「人柄と影響」
明治天皇は、近代の天皇制が確立した時期の天皇である。
若年で即位して以来、大政奉還、王政復古と戊辰戦争、明治維新、日清戦争、日露戦争など、激動の幕末から明治時代を経験し、明治新政府の最高権力者として祭り上げられ、絶対君主として国民から畏敬された。
日常生活は質素を旨とし、自己を律すること峻厳にして、天皇としての威厳の保持に努めた。
また、乗馬と和歌を好み、文化的な素養にも富んでいた。
しかし、普段は茶目っ気のある性格で、皇后や女官達は自分が考えたあだ名で呼んでいたという。
写真嫌いは有名である。
現在最も有名なエドアルド・キヨッソーネによる肖像画は写真嫌いの明治天皇の壮年時の「御真影」がどうしても必要となり、苦心の末に作成されたものである。
ただ、最晩年の1911年(明治44年)に軍事演習閲兵中の姿を遠くから隠し撮りした物が残っており、これが明治天皇の最後に撮影された姿である。
明治天皇は明治国家そのものであり、明治天皇の死は明治国家の終焉と認識された。
大喪の日には、陸軍大将:乃木希典将軍夫妻を始め、多くの人が殉死した。
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋

明治天皇
最も有名な御真影、キヨッソーネ作による肖像版画

明治天皇2
晩年の明治天皇
※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

[感 想]
この像は、徳島の眉山中腹の山の麓にひっそりと建っておられます。
明治天皇が写真嫌いだったとは、おもしろいエピソードですね。
軍服を着た立ち姿は、きっりとした感じです。
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コメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
[2011/09/21 05:29] | # [ 編集 ]

Re: 帆足キントウン
帆足キントウンさま
コメントありがとうございます。
制作者が、渡辺長男とは初めて知りました。
朝倉文夫のお兄さんも彫刻家だったんですね。
貴重な情報ありがとうございました。

[2011/12/31 20:03] URL | kendouzou #keTWHbFM [ 編集 ]


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